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PAST

【謙一】
うーっすおはようさん

【友達候補】
ようっす親友。今度の公式試合、参戦してくれる決意固まった?

【謙一】
しねえよ。てか俺ら1年だろうが。そういうのは2年の運動部にやってくれよビアス髙橋

【ビアス】
いやいや此処の運動部基本的に弱小だから、これまでの実力を全部知ってる井澤に頼むのが一番賢明っていうのがうちの総意にだな

【謙一】
何でお前の所属する野球部いっつも本業そっちのけで別の努力するの? 取りあえず己を磨くことから始めろよ。そして知っての通りクソ忙しい俺を助っ人に呼びたいなら俺と徳川に匹敵する学力を示せ

【秋都】
呼んだ?

【ビアス】
無茶云うんじゃねえよ!! お前らに勝てるわけねえだろ学年首位層!! そして宿題をコピらせてください!!

【謙一】
何もかも準備がなってないな……

【秋都】
本当によく、この学校入れたよね髙橋くん……割と1年の間では有名になってるよ。首位層に取り憑いて課題をズルしてるバカがいるらしい、って

【謙一】
的確な酷評だな

【秋都】
でも逆に、どうしてこの上級学校に入れたんだって伝説にもなりかけてる……

【ビアス】
どんなもんよ

【謙一】
奇跡は2度は起きん。この学校から弾き飛ばされてプーになりたくなかったら、多少は努力を示せ友達候補

【秋都】
身の丈に合ってなさ過ぎる学校でも、やっぱり卒業はしておくべきだよ。学費も掛かってるんだから

【ビアス】
ははは今日も手厳しいぜ、こんにゃろう!!

【放送】
ぴんぽんぱんぽん

【謙一】
ん? 朝から放送か。お前呼び出し喰らうんじゃね

【ビアス】
いよいよクラス男子たちによる添い寝したいクラス女子総選挙を主導してたのがバレたのか……?

【謙一&秋都】
「「はい退学」」

【放送】
卍泥エデュケーションサービス本部理事会より、連絡します

【ビアス】
なんだ理事会かぁ。だったら俺個人の呼び出しって感じじゃねえな! あーよかったよかった!

【秋都】
私が休み時間にでも通報するから今日までの命に変わりないよ

【ビアス】
勘弁ッ、勘弁してちょっ秋都様ぁ!! 秋都様割と上位でしたからぁ!!

【秋都】
何1つ嬉しくない……

【謙一】
退学停学といかないまでも、このクラスの男子共には一撃理事会からでもお灸を叩き込んでもらうべきだなぁ。上級の名折れ共め……

【ビアス】
ちなみに1年男子総選挙では井澤が優勝してたっぽいな。顔良しスタイル良し、将来成功してお金が集まりそうなビジネス資質良し、まあ元から女子の憧れにはなってるの知ってたから驚かんけど

【謙一】
何か金蔓扱いされただけじゃね? もうヤダ女子も一撃お見舞いしてくれ理事会!

【放送】
――本日をもって、卍泥エディケーションサービスはその全てのサービス提供を終了しました。それに伴い、

【放送】
卍泥エディケーションサービス下にて運営されている、全ての学校も本日づけで廃校となりました

【放送】
以上となります

【謙一】
……………………

【秋都】
……………………

【ビアス】
……………………

【強制退学生たち】
「「「廃校ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?」」」
――これが、1月の終わりの出来事だった。
将来有望視される俺たち上級の学生含め、「卍泥」の名が付く大輪中の全ての学校に所属していた学生たちは、この日一斉にプーと化したのである。
そもそもの始まりは、12月頃だったようだ。
教育サービスを多岐に渡り展開している卍泥グループはそのサービス品質が高いと概ね良好な評価を得ていた。特に「上級」と名前に加えられた学校は大輪を代表する進学特化校として、将来立派な仕事に就くためにまず大学を妥協したくない人達が入りたがる非常に人気の高いサービスだった。俺たちが在学していたこの「私立卍泥上級A等学校(女潤キャンパス)」も当然そのカテゴリーに入っていた。
女潤は南湘から一番近いとはいえ相当の距離。亜弥のことを考えると近いところが好都合だが、何より優先したのは「学費」だった。もっとフォーカスして云うと、「奨学生枠」だ。
レベルの高い学校であるほど高評価なのはまあ当然とでも云っておいて、それに加え学費免除のシステムが導入されている入試制度および在学ルール、免除の規模を考えた結果、最高の期待ができたのがこの学校だった。ということで俺はこの卍泥を受験し、そして思惑通り全額免除クラスの奨学生として入学したのだ。
見知った仲の徳川や髙橋とも一緒になったのは意外だったが、まあ兎に角これで井澤謙一進学による経済面の大ダメージは回避することができたのだ。もっとも、細かい経費や別ベクトルの受験条件であるお家にすっごい迷惑をかけてしまったが、これで2~3年は落ち着いて生活を送ることができる……そう思っていた。俺だけじゃなくて周りの皆も、そう思ってただろうさ。
が、この巨大な大手教育グループは12月、ある通報を切欠に経営が急転直下する。
まず、相次ぐパワハラ疑惑。それと何か、セクシャルマイノリティによるセクハラ疑惑というのもあったらしい。俺たち学生が知り得ない経営側の世界では数え切れないほどのハラスメントが横行していたようで、ソレが専門の機関に密告もとい相談されたのだ。音声どころか映像までしっかりたっぷり引っ提げて来たので、これは云い逃れできない状態だったと仲の良かった先生がこっそり教えてくれた。
その証拠入りの密告からして現代でも滅多にない規模のハラスメントが巻き起こっておりコンプライアンスが壊死してると判断され、めっちゃ捜査が入るようになった。……俺たちが運命の日を迎えるまでに得ていた自分の学校の経営陣の状況はそれくらいだった。ああヤバいことになってるなと、上層部がスッキリ刷新されるんじゃね、とほぼ他人事の感想を垂れ流したものだ。
しかし、そうして入った調査によってハラスメント以外にもわんさか発見されてしまったのだ。例えば集められた資金の着服、その資金の出処。ビッグネームを汚職に追い込むほどにその必要経費の集め方が見事に不正だったと。
そしてトドメの違法領域薬物の検出。ここでWKBも動き出し捜査の規模が超絶拡大。ありとあらゆる「ヤバいもの」が晒されて、卍泥を創り上げてきた者たちは悟っただろう。教育を提供する側、そして気品高さを売る側として完璧に信用を失い、それを取り戻すことは自分たちにはできない、というか自分たちはぶち込まれる独房から出ることも難しいことを。数多の刑事民事起訴が吸ってきた資金を全部溶かすことを。
恐らく年越した頃には完全瓦解していたことだろう。そしてとても抱えきれない「責任」を抱えた経営陣、すなわち本部理事会など首脳の連中は「夜逃げ」するしかなかったんだろう。その結果が、何のアフターサービスも保証されていない、卍泥学生たちの一斉強制退学状態なのであった。

【ビアス】
まっさかー……俺だけでなくお2人まで退学になるとはなぁ……

【謙一】
――――――――

【秋都】
嗚呼、井澤くんが茫然自失してる……(不謹慎だけどそんな姿もステキッ)

【ビアス】
徳川くん、ときめいてる場合じゃないぜ
読みが甘かったのかもしれないが、それでも今回のジェノサイドに学生は何も悪くないだろう。寧ろ家族単位でお金を払っていた側で、完璧に被害者だ。被害者であることも、知ることができなかったのだ。
……これが現実だと?
だから俺たちは、何となくしばらく、登校を続けたのだ。廃校をアナウンスされ捨てられたあの日の翌日も、翌々日も。
大半の置き去りにされた先生たちと共に、何も保証のされていない、授業や自習を何となく繰り返すしかなかったのだ。
泣き喚くやつもいた。突然発狂するやつもいた。学校どころか外に出るのもやめたやつもいた。それら全部、擁護できる自信があった。そりゃそうだろ、幾ら何でもだろ。
当然、この事態を社会がスルーするわけがない。卍泥の本性に対する怒りを抑えて、あらゆる教育団体はプー化してしまった学生たちへの臨時対応を決め込んだ。

【先生】
……みんな、長らく待たせてしまって、本当に申し訳なかった

【先生】
この学校を維持することは間違いなく不可能だ。これまで此処に在学していたことを誇りにしてきた皆に、ソレを捨てろと云う資格は我々にはない……だが

【先生】
教育を受けるチャンスは、失われていない! それが如何に当たり前で、大切なことなのか、俺も思い知った。だから、是非とも進んでもらいたい

【先生】
新しい世界に、飛び込むんだ
しかし卍泥の学生たちは苦難を背負ったに違いなかった。幾ら学生に落ち度が無くとも、剥がれることのない背後のレッテルが社会の人達に特別視を強制する。受け入れの声は、見捨てられた全ての学生の数に相当したのだろうか。
……それを考えたら、高級はまだ幸せ者とするべきだろう。凄まじいレッテルを背負うことにはなったものの、元々それとは関係無しに俺たちはハイクオリティな学生であることが証明されているのだから。
くだけて云って、スカウトがめっさ来た。

【謙一】
……何だかなぁ

【秋都】
利用価値がある、ってところかな……?

【ビアス】
まあまあ、疑るのはやめとこーぜ。実際俺たちにゃ救いの手なんだから

【謙一】
まあ、そうなんだが
救いの手――確かにその通り。
あっちが何を企んでるにしても、俺は支出を抑えて地位を高めるチャンスさえ失わなければいいのだ。
……まあ、当然ではあるが、奨学生として迎え入れてもらうチャンスは受験時に比べたらか細いんだが。

【スカウトマン】
我が校であれば、君の才知を更に高めることができる。是非、校舎見学に来てくれ

【スカウトマン】
近年、予備校と提携したフォローアップ講座を定期的に導入したことで進学実績は大輪でも日が当たるようになってきました。井澤くんほどの学生には、必ず相性が良いと思いますよ

【スカウトマン】
中央大陸最高峰の各大学に合わせた専門クラスを用意している。一応、試験は受けてもらうけど……拝見した君の成績であれば、どのクラスにも所属できるよ

【謙一】
……………………
分かっている。分かっているのだ、俺たちも妥協しなきゃいけない状況なのだ。
だが……本当、この場所は最適解だったんだ。何より、学費が……。
亜弥との生活に、潤いをもたせる為の資金が、大事なんだ――! 俺には、一番……。

【謙一】
……竜胆さんに……頼むのか……? もう既にとんでもない迷惑を掛けてて何にもお返しをできてないのに……

【謙一】
んー、だが……タイムアウトで全てのスカウトを逃しては――

【翠】
………………

【謙一】
――え?
幸せな苦悩に打ちひしがれかけてた俺を……。
気付けば、真正面からこの人は、凝視していた。

【謙一】
……こ、子ども……? ていうか、裸エプロン!?

【スカウトマン】
おい君、何て格好を――そもそも此処は立ち入り禁止なんだよ!?

【スカウトマン】
迷子で入り込んでしまったのか……? いったん、職員室にでも……

【スカウトマン】
というかまずは服を着させないと――!! まったく、親さんは何考えてるんだ……?
突然の裸エプロン幼女で大人たちは混乱する。
……その隙をついて、この人は。

【翠】
――お金が一番大事なんでしょ?

【謙一】
ッ――
無駄を全て切り落とした言葉で、俺の真ん中を貫いた。
喉がビックリして、言葉が突っかかる。そんな俺の手元にはいつの間にやら、薄い無地無記入のA4封筒。

【翠】
なら、幾らでも用意してあげる

【翠】
だから、私のラブレター、ちゃんと読んでね?

【謙一】
え、ちょ――

【スカウトマン】
あ、こら!!
去って行った。
……その後の、スカウトに来てくれた大人たちとどんなやり取りをしたのかは、ほんと全然覚えてなかった。
その時、俺の意識はこの手元の「ラブレター」に呑まれていたからなんだろう。
SKIP

【謙一】
いやぁホント、ご迷惑をお掛けした……

【隣花】
ホントだよ。ったく……どうせ迷子にでもなってたんだろ情報不足で

【隣花】
肝心のお前来なくて無駄に焦ったんだからな……その様子だと、どうやら事なきを得たみたいだが

【謙一】
何とかなった……のかは知らんけど、まあ試験自体は全うできたはずだよ

【謙一】
それも、例の如く住所項目と振込口座を貸してくれた廿栗木家のお陰だ。奨学生に採用されるかはまだ分からんが、いざという時にもちゃんと金は準備できてるからソレは竜胆さんに伝えといて

【隣花】
はいはい。……てか、あたしの記憶間違ってなきゃお前は断トツ首位の人間だろうが。今更だけど……何で真理学園選んだし

【謙一】
ははは……

【隣花】
まあいいや、はいコレ

【謙一】
ん、これは……

【隣花】
お前に渡しとけって云われてたんでね。コレで今日のあたしのノルマは完了

【謙一】
……察するにあの謎の幼女か……ラブレターのくだり、まだ続いてんのか……?

【謙一】
となると、まだテストは終わってないのかもしれん

【隣花】
まぁ、家族単位で応援しといてやるよ。災難を被った分、最大限報われろ。それじゃあたしは帰る

【謙一】
おう。ホント感謝絶えない。もし一緒のクラスになりそうなら、よろしくな。じゃ

【隣花】
……………………

【隣花】
なるべきは、あたしじゃねーっつーの
……………………。
SKIP

【謙一】
……さて
入試2回戦的なのを警戒して来てみるとそこには――

【翠】
はぁーい、謙一くん~!

【譜已】
は、恥ずかしいよ~……!
――メチャクチャ見覚えのある二人が、ロビーではしゃぎまくっていた。
今からそこに合流するとなると、主に周りの視線とかなんだけど、凄く辛いものがある。

【謙一】
……遅くなりました

【翠】
集合時間はまだまだ先だったわ~、謙一くんは約束を徹底的に守るタイプね~堅実だわ~、ねっ譜已ちゃん~

【譜已】
そ、そうだね……えっと、えっと……すみません~……

【謙一】
……………………
正直、何から片付ければいいのか俺は分からない。

【翠】
それじゃ、謙一くんも来たことだし~、予定より早いけどショッピング、しちゃいましょ~♪

【譜已】
あっ、ま、待って、まだあんまり開店してないよ~……!
ということで最も身長の低い女子に引っ張られる形で、3人のショッピングホリデーが始まった。

【謙一】
……で、流石にそろそろ状況を呑み込みたい欲求が限界突破してきたんですけど
このままじゃいけないと思って、仕方なくこっちから話を切り出す。
もう順番とかどうでもいいや、一つ一つ潰していこう……!!

【翠】
あら~? 何が分からないのかしら~?

【謙一】
そうですね……取りあえず、お二人のことを知っておかないとコミュニケーションしづらいですよね

【譜已】
え……お、お母さんもしかして、そのことすら手紙に書いてなかったの……!?

【翠】
そういえば書いてなかったわ~……でも、女の子はミステリアスを纏って魅力的になるものなのよ~

【譜已】
え、えぇぇぇぇぇぇぇ……

【謙一】
……………………………………
お母さん。
おかあさん。
お か あ さ ん 。

【謙一】
…………………………――はああぁあああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?
お、お母さん!?
この裸エプロンラブレター幼女が!?
このどう見ても健気な可愛い女の子の!!?
母親あぁああああああああああああああ――!?!?!?!?

【謙一】
――――――――――

【翠】
めっちゃ見比べてるわね~! 譜已ちゃんとお母さんの顔~、そんな見詰めないでも親子らしく似てるのに~

【譜已】
お母さん……
その後10分程度のクールダウンを経て、改めてお互いの自己紹介タイムが設けられた。

【翠】
ごめんね~、せめてあの時にでも名乗っておけば良かったかもね~

【譜已】
せめても何も、最初に自己紹介はほぼ全て常識の範囲内だよお母さん……

【翠】
銘乃翠――この超、ちょ~~~~~~う可愛い女子・真理学園のアイドル銘乃譜已ちゃんの正真正銘のお母さんで~~す! 何ならDNA鑑定で証明してもいいわ~

【譜已】
こ、こんなお母さんで、本当に、ごめんなさい……
何で娘の方が謝り伏しているんだろう。
ていうかあの時からずっとキッズかな、とか思ってたんだけど、まさかのA等部学生を娘に持つ母親だった。世の中色んな人が居るんだなぁ(白目)。

【謙一】
ていうか母親がどうしてスカウトなんてやってたんすか。想定外の対応とはいえ普通教師とか職員がやるもんでしょ

【翠】
え? だって普通に教師だもの~

【謙一】
裸エプロンで一体何を教える気なんだアンタは!!!??

【譜已】
お母さ~~~~~~ん……!!!!?
二人の若者から集中攻撃を食らう教師。え……マジで教師? それまで現実??

【翠】
いや~、だって普通に会話してたらつまんないじゃない~~

【譜已】
お母さん……ちょっと、どこかで二人で話そっか……

【翠】
ふ、譜已ちゃんが近年稀に見る規模で怖いわ~!? 助けて謙一くん~~……!!?

【謙一】
親子の話に水差す趣味は無いというか関わりたくないというか……
そりゃ自分の知らないところで母親が赤の他人に裸エプロン披露してたら心中複雑になるだろうさ。
てかそう考えたら俺、この子とも気まずいんだけど!!!!

【謙一】
君の母親とは1分も会話してないから、あの時は何も無かったからそこは誤解しないでな!?

【譜已】
は、はい……分かってます……お母さんの蛮行は、最近始まったものではないので……

【謙一】
蛮行て。それで、えっと譜已ちゃん、でいいのか?

【譜已】
め、銘乃譜已、です……お母さんの、子です……

【謙一】
そんな緊張しなくても……

【翠】
そんな緊張抜けずの譜已ちゃんが可愛いわ~! でも家の中ではそんなことなくて――

【譜已】
お か あ さ ん ?

【翠】
何でもないです……

【謙一】
うん、何となくよく分かった気がする
銘乃家の夜はさぞや賑やかなことだろう。

【翠】
そしてしんがり務めますは、井澤謙一くんで~す♪ 真理学園には編入試験を受けにきてくれましたウルトラレア新入生で~す♪

【謙一】
全部アンタが云っちゃってるじゃないすか……

【謙一】
まぁ取りあえずお互いの名前は知れたことだし、次の疑問にシフトしますか

【翠】
何かしら~

【謙一】
この時間ですよ
勿論手紙にはこのことも書かれてなかった。

【謙一】
このショッピングモールで何をするつもりなのか

【翠】
あらあら、此処に来てやることなんて一つでしょ~

【謙一】
つっても色々あるでしょうに
冨士美テラスは、最近新設されたばっかりの南湘トップクラスの規模を誇るショッピングモールだ。
敷地は駅をも呑み込んでおり、冨士を美しく見られる街という第一イメージが今、変わりつつある。それだけの破壊力を持った新時代の場所。
ショッピングは勿論のこと、レッスン施設から保育所、ホテルに公民館的施設まで……「この街でやれないことはない」というスローガンを掲げるだけある、圧巻の多機能。

【謙一】
広すぎるなぁ……逆に萎縮しちまうよ

【翠】
若者が怖がってちゃダメよ~。そのティ~ンの積み重ねが社会人になった時にどれだけ価値があるのか、イヤってほど思い知らされちゃうんだから~

【謙一】
俺にとっては悪魔の巣窟にしか思えないんすよ
誘惑してくる悪魔ってね。
それほど物欲にまみれてる自覚はないが、現代人として多彩な物に対して興味を持たないわけじゃない。
だけどそれを手に入れる為の対価を俺は持たない。

【謙一】
俺からすれば此処でやれることは、ただこうして歩くことだけですね

【譜已】
…………

【翠】
ふふっ、大丈夫よ~、手紙に書いた通り財布の強制はしてないわ~。つまり、消費は必須でないからね~

【謙一】
その細かい配慮はできてるのに何故それ以前のことを書かないのか
にぱにぱしやがって、可愛いお母さんだ。
周りから見たら兄妹でショッピング、みたいに思われてるのかもしれない。

【翠】
今回謙一くんを呼んだのはね、色々あるんだけど……取りあえず、手伝ってもらおうと思ったからよ~
お、やっと本題に入れるみたいだ。

【謙一】
手伝うって、何を?

【翠】
譜已ちゃんの新学期の準備よ!!

【謙一&譜已】
「「…………」」
正直斜め下にビックリだけども本人の居る手前どうリアクションしていいのか分からない結果、殆ど消化不良に終わった。
でも本人も知らなかったっぽい。

【譜已】
お、お母さん、えっと、どうして男の人に私の新学期のお手伝いをしてもらうことに……?

【翠】
だって譜已ちゃん、男慣れした方がいいと思うから~

【譜已】
え、えぇえええ……!?

【謙一】
もうちょっと言葉選んでくださいよ!
微妙に質問に答えてねえ。

【翠】
凪ちゃんも居ない今がチャンス! 慣れない男の人にドッキドキする譜已ちゃんを見てストレス解消大作戦!

【謙一】
それつまり嫌がらせじゃないすか

【翠】
ということなので、謙一くん、譜已ちゃんをしっかりエスコートしてあげてね~

【謙一】
寧ろエスコートしてほしいの俺の方なのに!
此処分かんないってば!

【譜已】
え、えと、す、すみませんお母さんが無理矢理……!?
どうやらこのお出かけの目的の中核に居るのが自分と分かってパニックに陥ったらしい娘さん。確かに慣れてないんだろうなぁ。
見た感じ、男の人に限らず、こんな感じなんじゃなかろうか。いや別にそれはそれで可愛さのスパイスになってるからいいんだけど、お陰で母親の玩具だ。

【翠】
取りあえず~……下着売り場にでもいきましょうか~!

【譜已】
!?!?!?!?!?

【謙一】
オイ
ということで3人、それぞれの方向に騒ぎながら冨士美の街を回るのだった。
……。
…………。
……………………。

【翠】
ふぅ~……いっぱい買ったし、いっぱい食べたし、満☆足!

【謙一&譜已】
「「……………………」」
時刻は3時くらい。
娘の私服どころか下着まで俺に選ばせたり、何故かショッピングモールで俺に手料理を振る舞わせたりと傍若無人を繰り返す翠さんはまだまだ元気そうだった。
しかし満足したらしいので、これできっと終わり――

【翠】
じゃあ次の話にうつりましょっか~

【謙一&譜已】
「「ガタッ(←こけた)」」
終わんないのかよ!!

【謙一】
あの、ホント何なんですかこの時間……

【翠】
仕方ないでしょ~謙一くんが可愛いんだから~

【謙一】
やべえよ……この人やべえよ……初対面の時から分かってたけどやべえよ……

【譜已】
お、お母さん、本当に井澤先輩怯え始めてるから……

【翠】
だ・か・ら、次の話に移るのよ~

【謙一&譜已】
「「……?」」
……次の話の、意味が違う?

【翠】
云ったでしょ~、今日は色々目的があるって

【謙一】
……そういや、まだ譜已ちゃんの新学期準備しかしてない
昼ご飯もあったわけだが、明確に目的表示されてない。
つまり……ようやく、二つ目が、始まる。

【謙一】
まだ二つ目かよ……

【翠】
大丈夫よ~、一斉に終わらせるから☆

【謙一】
は? 一斉?
と、ニコニコなお母さんは俺達置き去りのまま、バッグからA4サイズのクリアファイルを取り出した。クマさんとウサギさんが手を取り合って遊んでる斬新な絵柄だ。
そんな可愛らしいファイルから、一枚の紙を、テーブルに置いた。
俺に向いた紙。
そこには――

【謙一】
……………………

【譜已】
……………………

【翠】
これ~
……………………――

【謙一】
――このタイミングで!?
てことはなに!? 既に俺は合格してたの!? 2回戦とかじゃなかったの!? つまり今日のアレコレは教員とか関係無しにガチの嫌がらせ!? 俺突然のアドリブ昼食作りとかかなり気合い入れて頑張ったのにッ!!
ていうかこんなどう見ても大事なやつをそんな明らかにプライベート用な可愛いファイルに入れんなよ!? あと今日この場所で渡すべきものじゃねえだろ!?

【謙一】
……………………(グッタリ)

【譜已】
ちょ、お母さ、これ間違いなく私居ちゃいけないよね――!?

【翠】
あら~? そんなことないわよ、今から三つ目の目的に入るけど、それは譜已ちゃんにも大いに関係あることなのよ~

【譜已】
え――?

【謙一】
ま、ちょ待ってください、その前に二つ目を整理させて! この通知――
――ん?
……ていうか、ちょ……
え――
えぇえええッ!!?

【謙一】
学園長――!?!?!?!?
あ、あの裸エプロン幼女が!?
この理不尽な母親が!?!?
学園のトップ!?!?!?

【翠】
そういえばソレも云ってなかったわね~

【謙一】
…………譜已ちゃん……

【譜已】
えと……ほ、本当です……
ま、マジかよ……
真理学園、大丈夫なのか本当に――?
それ以前に俺が大丈夫なのか……?

【翠】
改めまして~……この銘乃翠真理学園長が、井澤謙一くんを奨学生として認定しま~す☆

【謙一】
いや、俺そもそも真理学園に受かってるのかどうかすら心配してたんですけど……

【翠】
え、何で? こっちからスカウトしたのに。それに筆記試験満点だったじゃない~

【譜已】
満点――!?

【謙一】
いやまあ、それは俺も割と自信ありましたけど、アンタとのやり取りがな……
やったぞ亜弥……。
俺、特待生なれた……学費免除成功……。

【翠】
この特例は文字通り、真理学園が定める奨学生制度に書かれてない、私が勝手に作っちゃうタイプのものなの~。要は、あなたの為だけに作られた枠なの~

【謙一】
俺だけ……
確かに……俺が思っていたのとは違う。
何が違うのかっていうと……
ここだ。「特変制度」って何だ――?
そんなの募集要項には一切書かれてなかったはずだ。俺が目指してたのは、全学費が免除されて交通費や教材、その他諸費も都度手続きすれば実質免除される「奨学生A」に採用されること。その条件は、一定の実際学力と業績が認められる者。
実際学力という表現から、成績簿の評価でなく、入試で獲得した点で判断されるのだと考えた。だから今日は結構焦ってたのだ。ただこの人は高評価出したっぽいから俺は確実に奨学生Aになれる。
……しかし、俺はそれではなく、「特例奨学生」。
「特変制度下の特例奨学生」なのだ。

【翠】
安心してね、これはあなたの能力を正当に評価した結果。真理学園において、あなたは奨学生Aの枠に留まるべき人材じゃない。価値ある者にはそれだけの価値を与えるの。M教主義学校だから、しっかり自由を護らないとね~

【謙一】
そこ議論し始めたら終わらないんでツッコみませんけど、その、俺が採用された特例の奨学生枠ってAのやつと何が違うんですか?

【翠】
イメージとしてはAよりも上って考えてくれていいわ~。いわばSSSってところかしら?

【謙一】
かえって怖くなるラベルだな……

【翠】
さっきも云ったでしょ~、価値ある者には価値を与える、学園はそうやって“平等”を示すわ~。Aの性質を受け継いだ上で、あなたは更に上の権限を持つようになるの~

【謙一】
……権限?

【翠】
こう表現するとまた説明が面倒になるのよね~……取りあえず今は、お金がもっと貰えるってことだけ覚えてればいいわ~

【謙一】
はあ……
……ん?

【謙一】
お金がもっと貰える……? Aの時点で全額免除で……アレそれ、最早学校行ってるだけで金貰ってるような状態じゃ?

【翠】
その通りよ~?

【謙一】
はい!?
それちょっと予想外だ。
……………………。
とんでもなくッ嬉しいけどね!!

【翠】
でも、価値ある者には価値を、云い換えれば価値与えられる者は価値を。謙一くんには、この枠に居るが故にやってほしいことがあるの。他の生徒、奨学生がやらないようなことをね。それが……三つ目の目的
これまでのショッピングな雰囲気は何処かへ去り。 場所はそのままで得体の知れない緊張空間が3人を包む。

【翠】
まぁ簡単に云えば、アルバイトね~

【謙一】
アルバイト? 学校で?

【翠】
うん。でも、それがあなたの学校の日常になるの。特変という、ね
……この紙にも書かれていること。
「特変制度」
この謎が解けるってことか。

【謙一】
その特変っていうのは?

【翠】
コレは、次年度から真理学園に新しく導入する予定の概念よ~

【譜已】
え……導入……? どういうこと、そんな話私聴いてなかったよ……?

【翠】
それは当然よ~、これまでずっと秘密裏に企んでたことだからね~。啓史さんと

【譜已】
職員室でも知られてない計画……

【謙一】
何かもうこの時点でごっつイヤな予感しかしないんすけど

【翠】
私は、個人的な事情で真理学園に革命を起こしたいの~。その為に学園経営のトップに立ったのだし、学園を卒業したの~

【譜已】
お母さん……真理学園のOGだったんだ

【翠】
譜已ちゃんにも、あんまり知らせてこなかったわね~。でも、そうやって沸々煮えたぎらせてた野望を、1年フライングしつつもやっと爆発させる時が来たの~! そう、1年耐え凌いで、謙一くんが現れたからね~!

【謙一】
俺……?
……学園長の望む「革命」。
その開放のタイミングを握っていたのが、俺――「人材」で。
俺は「特変制度」下の奨学生。
つまり……

【謙一】
俺はその特変っていう概念を使って学園に革命起こせと……

【翠】
概ねその通りよ~☆

【謙一】
☆付けんな。んで、その特変に俺は勿論のこと、譜已ちゃんも関わってるのか……

【譜已】
…………

【翠】
特変っていうのは正直説明が難しいのよね~全部語ろうとすると。だから先に狭義的な定義を話すとね、これは一つのクラスなのよ~

【翠】
譜已ちゃんも謙一くんも、特変なのよ~

【謙一】
え、ちょっと待って、俺たち学年違うんすけど

【翠】
そんな垣根特変には無いわよ~

【謙一】
どういうことっ!?!?

【翠】
初期設定をAの1年として発足されて現在第2学年、ということで2年間謙一くんには特変を管理してもらうわ~。コレが、特例奨学生の謙一くんが担う、狭義的とも包括的ともいえる仕事内容よ~

【謙一】
うーん……取りあえずそのクラスの面倒を見ろってことだと解釈しましたけど……
そこから分かるのは、このクラスに入るのは恐らく、面倒を見る必要がある奴らばかりだということ。

【翠】
今は、その解釈で進めてもらって構わないわ~。一度に全部詰め込んじゃうのも良くないから~

【謙一】
……俺としてはまず全体像掴んでおきたいんですけどね

【翠】
それが今回についてはどんなに大変か、身を以て思い知る為に謙一くんには新年度になる前に、とある準備をしてもらいたいの~

【謙一】
今度は俺の準備すか……

【翠】
特変は、あなた達を含めて9人。謙一くんには新年度になって集結する前に一度、残り7人と会ってほしいの~

【謙一】
予習しとけってことですね
てか9人……思ったよりも少ないなー。
と、一瞬でも思った愚かな時期が俺にはありました――
RETURN

【謙一】
……ほんとこの3ヶ月ぐらいで寿命すっごい縮んだ気がするなぁ
何となく振り返ってみたけど、とんでもないことになってるよな俺。まあとんでもない目に遭ってるのは卍泥学生と尻拭いする羽目になった周辺の学校さん皆さんだが。
まあ、起きてしまったものは、仕方ない。コレが現実だ。ならば現実のみを見よう。
Stage:一般棟 外

【謙一】
……帰るか
どうせやるべきことは無い、その分来週に一気に来る。
今更付け焼き刃を用意して果たしてどれだけ価値があるか、分かったもんじゃない。
あの8人の管理、その手腕を試されるのに小手先な誤魔化しなど逆効果なのだから。

【???】
……お、やっと来た

【謙一】
ん?
なっがい階段を降りきって、植物の香りで包まれた校舎外へと出たセンチメンタル謙一に、女子は話しかけた。

【隣花】
今から直帰か。井澤にしてはのんびりしてたじゃん

【謙一】
……廿栗木……
……徳川とは別の顔見知りが視界に入って、だいぶ驚いた。季節の変わり目効果か何かか。
しかしこの驚き方は寧ろ失礼ってくらい、此処に廿栗木がいるのは当然なことである。

【謙一】
あんまり、俺と一緒にいるところ周りに見られるのはマズくないか?

【隣花】
だろうなーだから長話するつもりねーよ。あたしも早く帰って惰眠貪りたいし

【謙一】
……お前も相変わらずっぽくて謎の感動を覚えるよ
俺とは対照的に、気怠さのままに時間を無駄にしてきた女子。俺の生き方で考えたら、侮蔑すべき対象なのかもしれない。
だがそんなことできるわけないくらい、俺の恩人。

【隣花】
母さんからの伝言。お金含めて、こっちのことは何も心配しないで、とのことだ

【隣花】
場所は変わっても、学生らしく、自分のやりたいことにひたすら取り組んで、だとさ

【謙一】
俺むしろ収入ができる立場になったから、幾らか渡せるのに

【隣花】
ソレをあの母さんが受け取ると思うかよ? 厚意に甘えて貯蓄しとけ貧乏権力者

【謙一】
…………
俺は、自分の住所を知らない。
寝床はあるんだけど、ソレをどう書けばいいのかも分からないし、書きたくもない。
親父が手を回してくれたのか、BC時代には特に俺が何か工夫をするまでもなく学生生活を送れていたが、A等部への進学はまず、学力とか以前に「どう住所や口座を誤魔化すか」で悩む羽目となった。
それを、解決してくれたのが目の前の女子……の、お家。

【謙一】
俺、覚えてないのに

【隣花】
知ってんよ
俺はC等部の頃の記憶が、半分以上吹き飛んでいた。それを引き起こした原因らしいある「災害」に巻き込まれてのことだ。
だから俺はその廿栗木の御袋さんを覚えていない。が、どうやら懇意な間柄だったらしい。だから俺の悪質な要求にも全力で応えてくれて……それで俺は卍泥にしても此処にしても受験ができたのだ。
今のところ一度も挨拶に行けてない最高に無礼者状態なのに、変わらぬ寛大な心。こんなの娘相手でも取りあえずひれ伏すしかなかろう。

【隣花】
でもまあ、母さんはお前のこと知りたがってるからさ。現状とかを私が伝えなきゃいけないわけよこれまで通り

【隣花】
けど……お前今どうなってんのか全然分かんないんだわあたしは

【謙一】
俺も自分の立場どうなってるのか把握できてる自信無い

【隣花】
……此処来たの、間違いだったんじゃねーの?
廿栗木がため息ついた。その調子を見るに、「特変」という暴虐な新権力者のことを分かっているんだろう。
あれから学園長には、特変制度の様々な特徴を教えてもらった。「献上制度」やら「特変破り」やら、勝手にも程がある俺たちの一般学生に対する優位性を……。
特変は、一般学生に対しすべからく害悪であると云うべきだ。
――俺は、廿栗木を虐げる立場になってしまったのだ。

【謙一】
……しばらく、お前に制御できない迷惑をかけるかもしんねえわ
だが、俺が此処に入った目的は、まだ死んではいない。
だから俺の闘志も……まだ無意味にはなっていない。だったら、俺の選択の善し悪しを評価するのは、まだ早い。

【隣花】
まじやめてくれよ……

【謙一】
取りあえず、今週の合宿だ。必ず、何かしらの成果を収めてやる

【謙一】
お前に、ちゃんと言葉で伝えられるような、そんな現実を作り出す

【隣花】
……あっそ

【隣花】
まあいつも通り毎日大変なんだろーから、あたしらに構わなくていーから。あたしもそんなに心配してねーし

【隣花】
井澤がバケモノなことを知ってるからな

【謙一】
……うっせ
失敗なんてしたら、廿栗木家にも申し訳ない。だからこそ俺は至ったこの現実に、全力で立ち向かわねばならない。
必ず――状況を好転させてやる……!