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SKIP
H30.4.23
Stage:謙一の家
Time
7:45

【謙一】
んじゃ、行ってきます

【亜弥】
……あ、あの、兄さん?
「嫌いな曜日はいつですか?」
こんなアンケートをとったらぶっちぎって優勝するのは月曜日である。
大半の人は平日を闘いと見なし、生き残ることを望み進む。その結果、日曜日が現れる。
さながら砂漠の中のオアシス。では、月曜日とは何であるか。
そんなオアシスを自分と引き剥がす悪魔なのである。月曜日とは、存在自体が悪魔なのである。
謙一の日常もまた例外じゃなかった。朝の圧倒的な魔力にため息を零す姿は珍しくない。
普段通りならば止めるつもりの無かった亜弥はしかし、一度だけ謙一の歩みを止めた。
つまり、彼女なりに例外的な状態を察したのである。
というか疲れまくってるのである。

【亜弥】
本当に、大丈夫ですか……? 疲れという表現に上位互換があるなら迷い無く使う程度のビジュアルですが……

【謙一】
流石妹、鋭い

【亜弥】
客観的視点から見ても、普段の兄さんの疲れ方とは一線を画しているといいますか……

【亜弥】
学業は大事ですけど……それを維持する為の身体は以前の問題として見なすべきかと

【亜弥】
兄さん……本当に、本ッッッ当に、大丈夫ですか――?

【謙一】
心配性だなぁ亜弥は

【亜弥】
兄さんだって、私のことをよく心配するじゃないですか

【亜弥】
ですから、こうやって私も兄さんを心配するんです。相思相愛です

【謙一】
また新しい表現覚えたんだなぁ
まったく、情けない限りだ。もっとしっかりしないとな、兄さんよぉ……

【謙一】
ま、ホントに疲れ果てたら惰眠でも貪るからさ。今日は行くよ

【亜弥】
……そう、ですか。無理し過ぎないでくださいね、本当に……

【謙一】
ああ。そんじゃ今度こそ――

【謙一】
行ってきます

【亜弥】
……行ってらっしゃい、兄さん
SKIP
井澤謙一が異常に疲れ果てた理由は、ただ一つである。
Time
12:30
Stage:特変教室

【奏】
烏丸凪ごらあぁあああああ!!!!

【情】
テメエらは、俺の視界に要らねえ――

【凪】
一ヶ月我慢してあげたんだから、いい加減平穏が欲しいものね

【乃乃】
う゛ぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃい――

【沙綾】
かーくん……やっぱりスマホ電源オフってる……! 昨夜のチャラ男覚醒宣言は何処行ったのよ!!
この教室である。

【譜已】
お、落ち着いて奏ちゃん……凪ちゃんに平穏をあげないと……

【奏】
譜已ちゃんは烏丸パイセンに優しすぎるんだよ……! そんな譜已ちゃんが大好き!!

【凪】
私も大好きよ譜已

【奏】
おめぇの大好きなんて私の大好きに比べたらちっぽけだっつーの

【凪】
貴方に抽象的な情報を比較測定する数学力があるなんて驚きね。恐れ入るわ(←本読みながら)

【奏】
テメーの評価できるとこなんてその安定して私を苛つかせてくる表現の数々くらいじゃごらあぁあああああ!!

【譜已】
…………

【情】
少しは黙れねえのかゆでだこ。これ以上俺の仮眠を妨げんなら、ガチでゆでるぞ?

【譜已】
あ、ご、ごめんなさい……! その、頑張って抑えるので、ゆでないでください……!

【情】
てめえには聞いてねえが……まあいい。見張っとけ

【譜已】
ふぅ……

【沙綾】
隙あり!(←後ろから捕獲)

【譜已】
ひゃあ!?

【沙綾】
ごめんねぇ~、ちょっと利害が一致しちゃってねぇ……?

【乃乃】
謙一さんが居ない今がチャンスです謙一さんが居ない今がチャンスです謙一さんが――

【譜已】
え――な、なに、何が始まるんですか……!?

【沙綾】
大丈夫……気持ちよく、させてあげるだけだから……

【沙綾】
だから、お・ね・が・い……? 銘乃さんの魅力を、もっとぉ、まさぐらせて――?

【乃乃】
う゛ぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃい――

【譜已】
ひ、ひいぃいいいいいいいい――!!?

【美甘】
……………………(←消しゴムをさりげなくぶん投げる)

【乃乃】
う゛ぃいぃいぃい――ゴハァッ(←消しゴムが後頭部にクリティカルヒット)

【沙綾】
!? な、何!? まさか……祟り――? 井澤くんが居ないからって、銘乃さんで遊ぼうとした私たちにどこぞの神格が裁きを……

【沙綾】
し、信じないわ……! 私そういう不確実なもの信じないタイプだもの!! ねぇ譜已!

【譜已】
え? えと、あの、取りあえず私どこの宗派にも属してないんです、けど……

【美甘】
――――(←鉛筆削りをさりげなくぶん投げる)

【沙綾】
私は神を信じないの! だから私には罪も罰もない、強いて云うなら銘乃ちゃんが可愛いのがいけな――ゴハァッ

【譜已】
(あ……堀田先輩が、助けてくれた……?)

【美甘】
…………(←寝たふり開始)
この教室である。
良いことなんて1つもないと信じている一般学生たちはほぼ寄りつくことのない、孤立した6Fでは大体の時間で不穏な騒ぎが充満していた。
Stage:6F廊下

【秋都】
……んー……(←覗き中)
今日も、相変わらずとんでもないことに……。
見つかると厄介なのは分かっているので、秋都は深追いせず廊下に避難した。

【雪南】
どうだった?

【秋都】
朧荼くん、いつの間に……特変に何か用が?

【雪南】
畏れ多くて開けられないよ。でもまあ、謙一のことは心配だよねぇ秋都ちゃん

【秋都】
今は井澤くん、居ないみたい……それもあって自由に暴れてる感じかな

【雪南】
あっちゃー。まあ去年はソレが普通だったからねぇ

【雪南】
奏ちゃんのことも心配だし、すぐに駆けつけられるというのは利点かもしれないが、まさかのお隣さんで神経使うよ~

【秋都】
気持ちは分かるかも……あれ、何か更に騒がしく……
2人は中を覗いてみた。
Stage:特変教室

【情】
俺の所属する共同体にテメエは要らねえ……今ここで潰してやる……

【奏】
それはコッチの台詞だよ……衒火パイセンとは一生分かり合えない、だったら消すしかないよね譜已ちゃん!

【譜已】
いや、それはどうかなって……な、凪ちゃん~……!

【凪】
放っておけばいいと思うの。どちらか消えてくれれば私的には好都合

【奏】
云っとくけど烏丸パイセンも抹消対象だからね裏切り者――!!

【凪】
個人的には、貴方が消えてくれた方が私は平穏でいられるのかしら、衒火

【情】
テメエの事情なんざ知るかよ。邪魔になるならテメエも潰す、それだけだ

【乃乃】
ふむ……コレは中々エキサイティングな展開になってきましたね、じゃあ負けた方には罰ゲームとして勝者のやり方で以て自ら実践していただきましょう

【沙綾】
あーソレなかなか良いかもねー。あれ? もしかして派閥単位で? 私たちも罰ゲーム対象になっちゃうわけ?

【乃乃】
蚊帳の外を作るのは私の趣味ではありませんから👍

【沙綾】
うーんその親指へし折りたくなったわ👍

【志穂】
ぐおぉおおおお(-_-)zzz

【美甘】
(コイツずっと寝てるな……)

【奏】
ねえ、堀田パイセンも何か云ってよ! 一緒に闘おうよ、同じみたらし縦喰い派でしょ!!?

【美甘】
(う、ウチを巻き込むなよ――!!)

【沙綾】
仕方ないわねぇ、様式に則って取りあえず串団子横喰い派同盟、作っておく衒火くん?

【情】
邪魔だ

【沙綾】
だったら別にいいけど、負けないでよねー? 私縦喰いなんて嫌よ? 喉に串突き刺してるようなものじゃない

【乃乃】
下手したらゲロりますよね

【情】
……テメエは、どうするんだ

【凪】
興味無いわ。貴方たちがどのように食べていようが、関係無い。つまり衒火の基本方針と同じ。そこのゆでだこがしつこいようなら、対策を考える

【奏】
ゆでだこゆーなー!! 大体、お箸で串から団子を外して、それからお箸で食べるなんてあり得ないでしょ! 串団子侮辱してるでしょ!

【凪】
毎度云ってるけど私、食べ物の文化とか風習とか興味無いの。それよりも手が汚れて本を読むのに支障を来すことの方が遙かに問題

【奏】
こ、この冷血淡泊眼鏡ぇ~……!!

【沙綾】
大体、さっき佐伯さんが云ってたけど、気持ち悪くならないの? 口蓋垂までいきそうじゃない

【奏】
口蓋垂? 何ソレ?

【乃乃】
俗称でいうと、のどち〇ぽですね

【奏】
ああ、なるほど! いやぁ、でもそれがさぁ、病みつきになるんじゃないの……! 細いもの咥えてるとさぁ、何か、こう……フワフワァしてくるよね! 譜已ちゃん!

【譜已】
いや、その……私その感覚は分からないかも……

【沙綾】
二邑牙さんソッチ系のネタぶっ込んでくるのね。認識改めるわ

【奏】
ソッチ系がどっち系なのかよく分からないけど、兎に角そういうことなんだよ! 縦喰いが正義!!

【沙綾】
でもさぁ、ソッチ系な二邑牙さんに一つイメージしてみてほしいんだけど……横喰いすると、口周りに餡が付きやすいわよね

【奏】
……? うん、そうだね……咥えてないもん、キスするか舌先でペロペロしてるだけー

【沙綾】
じゃあ、その餡をぉ……最後に、ゆっくりと、一周で、ペロリって掬い舐めるの……

【奏】
……………………

【沙綾】
……どう?

【奏】
……――おっとぉフワフワするかも!!

【譜已】
えぇえええッ!!??

【情】
話にならねえ

【凪】
いっつもこんな感じよ。相手にするだけ利益は無い

【美甘】
(てゆーかその話題もう止めろよ! 何か……小っ恥ずかしいじゃねーか!!!)

【奏】
ぐ、ぐぐぐ、でも――!! ……そ、そうだ、秋山パイセン!!

【志穂】
ぐぉー

【奏】
秋山パイセン起きてよ! ぺしぺし!! がこんがこん!!

【志穂】
んー……何だよー、いってえなぁ……こちとら新領域開拓の件で寝不足なんだよー……

【奏】
そんな意味不明な理由より、みたらし団子どうやって食べるか教えて! 縦だよね、やっぱり縦でフワフワいく派だよね!

【乃乃】
援軍候補に手を伸ばしましたか。中々上等な判断だったかと

【沙綾】
でも、やっぱり横でしょー? 横でべっとり、ねっとり、フワフワする派でしょー?

【乃乃】
もしくはお箸でそもそも串団子というジャンルを破壊するドSプレイ派ですかね

【志穂】
何でんなややこしくねじ曲がった派閥で戦争してんだよてめーら。しっかし、そーだなー……私ぁ……

【奏】
うんうん!

【沙綾】
どれどれ?

【凪】
…………

【志穂】
――手で取って全部口に詰める派だなー

【奏】
ッ――!?

【情】
なに――!?

【凪】
な――

【沙綾&乃乃&譜已】
「「「……………………」」」

【美甘】
(だ――)
第四の派閥出てきたーーー!!!??

【乃乃】
……なるほど、これはとんでもない新勢力が出てきましたよ皆さん!

【奏】
ど、どういうこと!?

【乃乃】
志穂さんの食べ方はつまり……凪さんが箸でやることを、素手でやってしまいます。これではとても本など手に持つことできません。手洗い必須です

【凪】
あり得ないわ……

【乃乃】
そして、皿に一旦盛らずに直接口に全て入れてしまいます。このギュウギュウ詰め感は、奏さんの欲する要素に繋がりますが、そこに串はありません

【奏】
う、うーん……微妙に違う気がするけど……でも、これはこれでフワフワしそう――!

【乃乃】
指は当然、タレに塗れているでしょう。これを直接舐めるなり、口周りに塗りたぐるなりすることで、沙綾さんらが提示したもう一つのフワフワまでも手に入れることができます!

【志穂】
いや、何で口周りにわざわざ塗りたぐる必要あるし

【情】
チッ――

【沙綾】
目から鱗だわ……

【乃乃】
したがって、志穂さんは凪さんの箸派をある程度継承しながら、もう二方の主張を呑み込んでしまったということになります……この包括力、認めざるを得ません……

【志穂】
いや、何が?

【乃乃】
志穂さん……あなたの、一人勝ちです……👍

【志穂】
いやだから、何が?

【乃乃】
ということで、罰ゲームを実行しましょうか……

【凪】
……貴方は、ゆでだこ以上の危険因子ということね、秋山……

【志穂】
何で団子の食い方答えただけなのに殺意向けられてんだ私ぁ……?
Stage:6F廊下

【雪南&秋都】
「「…………」」
教室ではクラスメイト一同がみたらし団子を素手で串から抜き取り、それを口の中にぶち込んで、ついでに口周りに醤油タレを塗りたぐってフワフワし出した。

【雪南】
噂に聞く、見事な議論だね。まあアレが日常会話なんだけど(ひそひそ)

【秋都】
頭痛くなってくる……井澤くん、毎日あの中に入るんだ……(ひそひそ)

【雪南】
しかしその肝心のバランサーが今はご不在なようだが、どうしたんだろ(ひそひそ)

【志穂】
あーもうワケ分かんねえおやつタイムやりやがって。微妙に眠気が覚めちまったじゃねえか。ちょっと庭行ってくる

【雪南&秋都】
「「……!!(←撤退)」」
本日も特変は大変仲が悪かった。良くも見えるのが、また悩みの種だった。
そんな悩みに圧倒的に苦しんでいる本人は、教室には不在だった。
しかし近くに居た。
OTHER
Stage:屋上庭園

【謙一】
ふぅ……
そこは6F南棟の、「屋上庭園」。
一般棟の北側が6フロア分重ねられているのに対し、繋がった南側は一段少ない5フロアだった。
故に6Fの廊下をテキトウに歩いていると、南棟の屋上に、全く高度を変えず辿り着くのである。
庭園と呼ばれるだけあって、南棟の屋上は緑の景観を持っていた。
流石に森というわけにはいかないが、芝生は常にフッサフサで、寝転がれば天然のベッドである。
本日偶然にもその情報を仕入れた謙一は、早速午前中の悲しみと苦しみから逃れるように転がった。
そして今に至る。
……朧荼雪南という男子の情報は、悔しいが信頼性が高い。
事前準備の時にも色々お世話になったし、今でも割と会いに来るので、徳川同様に癒やしポジションなのだろう。
……いや、会話しててストレスは上がるから同じじゃないか。しかしそんなキザから教わったこの芝生は、確かに心地良い。我が家の布団もボロッボロだから、俺史上最高級の寝具を今体感しているといって良かろう。
おまけに直射日光の具合が丁度良すぎる。あと数分で、意識が沈む予感がする。この場合自信と云うべきか。それすらもどっちでもいい気持ちでいっぱいなのは確か。
ヤバいな、次起きたら夕方になってるかもしれない……俺、サボるタイプじゃないのに。
学業が、一番大事なんだ……こんなとこで本末転倒してたまるか。

【謙一】
奨学生落ちしちゃ、何のために此処来たのか分かんなくなるしな

【謙一】
意識だけは、キープしとこう……いや、そんなセルフ生き殺しやるんだったらもう教室戻った方がいいか――?

【???】
別にいーじゃん

【謙一】
ん――?
謙一しか居なかった屋上庭園に、別の声が混じった。
一回起き上がり、周りを見渡す謙一。すると――

【志穂】
疲れてんだろー。起こしてやってもいーぜー
さっきの謙一みたいに、大の字になって芝生に沈む女子を発見した。

【謙一】
……いや、やっぱ起きてる

【志穂】
私が信用ならんと

【謙一】
あんな日中睡眠フェスティバルしてる奴をどうすれば信用できるのか
しかも既に体勢が起こす側の姿をしていない。コイツ確実に寝るもん。

【謙一】
ていうか……どういう風の吹き回しだ?

【志穂】
あ?

【謙一】
いっつも寝て過ごして起きたら暴れるだけの秋山が一体どうして俺に話しかけてきたのかなって

【志穂】
教室が面倒くせえことになってたからだが、それにしても悪意ある修飾だな

【謙一】
恨めしい気持ちが溢れてるんだと思う。つまり悪いのはソッチだ

【志穂】
つくづく情けねー男子だなお前はー
志穂は上半身を起こした。
4月下旬になっても首を隠すマフラーは健在である。

【志穂】
――私は比較的、マシな部類な筈だと自負してるぞ

【謙一】
……そうか?

【志穂】
そうだ。一応、管理職にされてたからな

【謙一】
え?
……あ、そういえば何度か気になること云ってたな。
沙綾とかも変な呼び方してることあったし……。

【謙一】
つまり、何だ? 俺が来るまでは、秋山が特変の管理職だったってことか?

【志穂】
ついでに云うと私は「新規組」だ

【謙一】
新規組とは

【志穂】
外部入学、つまりBCからの内部進学ではなく優海町外の学校からいきなり入ってきた奴はその数の少なさからそう括られる

【志穂】
入学という云い方は微妙だが、恐らくお前も「新規組」として数えられてるだろうさ

【謙一】
……案外お前とポジションが似てるってことなのか

【志穂】
だが、ハッキリ云って私は管理職なんてタチじゃない。小遣い欲しさで取りあえず1年間軽めにアイツらと附き合ってやったけど、端から学園長も私にソレを期待してはなかっただろう

【志穂】
その証拠に、お前を全力でスカウトし、そしてお前を入れたタイミングで特変制度を公開・実施した。云い換えれば、お前が来る前に取りあえず集められた私たち8人で特変制度をスタートさせることは渋ったのさ

【謙一】
…………

【志穂】
それに、アイツらに比べたら、私の惰眠貪る姿なんて、大人たちも愛くるしく妬ましく思うフツーの女子学生だろ

【志穂】
自分なりの目標があって、それに向かって……見栄えは地味でも、毎日努力してる青春の姿だ

【謙一】
……秋山は、何かその目標にあたるモノがあって此処に来たのか?

【志穂】
私はプライベートなことは吐かない主義だ

【謙一】
そっかよ

【志穂】
……ただ、お前同様、金が必要だった。正確には節約がしたかった

【志穂】
全額分削減できる奨学金制度があり且つ最も自由に動けそうなとこを探した。結果、最適解と判断したのが此処

【謙一】
学問的観点からいえばしょーもない動機だったな

【志穂】
そういうお前はどーなんだゴラ

【謙一】
お金でした

【志穂】
モロ人のこと云えねーじゃねーか

【謙一】
兎に角、困窮しててな。節約できれば、その分他のものに金が回せる

【志穂】
趣味優先か。実力が泣いてんぜ

【謙一】
ははっ、だろーなー
学問に興味なんて無い。進学に拘りも無い。
今はただ、俺の全てが、亜弥だということ。
それ以外に理由なんて要らなかった。

【謙一】
……結果、俺は特変管理職に就いてしまったわけだが

【謙一】
まあ……進路選択を侮るとこうなるんだな。ほんとビックリだよ

【謙一】
そりゃあの頃の先生も熱籠もるわけだ。もっと勉強しろって。しっかり進路と向き合えって

【謙一】
人生金だけじゃねーな、ホント
まぁ、後悔はしてないんだけどさ。
今は波に乗れてないだけ。困難な道なんて覚悟してる
この道から、外れてなるものか。

【志穂】
……侮ってたのか?

【謙一】
ん?
志穂の突然の問い。それは全く気ままに飛び出た言葉だった故に、そこを衝かれた謙一は少し思考を乱した。

【謙一】
……どういうこと?

【志穂】
お前は、テキトウに進路選択して此処に来たのかって話
……その言葉の真意を探る。
怒っているわけでもない。質問しているようにも、思えない。
――分かりきっている話。指摘。

【志穂】
違うだろ。お前は……情けねー面ばっかだけど、思想は軟弱じゃない

【志穂】
あんな啖呵をノーウェイトで切る奴が、生半可な進路選択をしているわけがない

【謙一】
啖呵って――
PAST

【謙一】
ついでに云わせてもらうと、譜已ちゃんに八つ当たりするような人たちの云うことを聞きたくない

【謙一】
まだ付き合いも全然無いのにコレを云うのは未熟な証なんだろうが……それでも敢えて云いましょう

【謙一】
俺は貴方がたを尊敬しない

【教師】
ッ――!!

【謙一】
貴方がたに指示されて、あの人に牙剥けようなんて、俺はそんな無意味にリスキーな真似はしたくない

【謙一】
極めつけに、俺はあの人の傀儡であることのメリットを持つ

【謙一】
絶対譲れないメリットがある。以上のことから、俺は貴方がたの言葉では動かない

【教師】
学園のことより自分のことか……!!?

【謙一】
その通り

【謙一】
貴方がたは子どもみたいなあの人の権力に泣かされてきてるんだろう

【謙一】
そしてその苛つきを、子どもである学生に「上の立場」として接することで発散してるんだろう

【謙一】
これも敢えて、云いましょう

【謙一】
アンタらにこの教室で教育を語る資格なんてねえ

【謙一】
即刻立ち去れ
RETURN
もしやアレか……

【志穂】
私は、ぶっちゃけ真理学園に何かを期待して来たわけじゃない。偏差値が酷いトコは、フラフラ彷徨ってる奴ばっかだろうと。そんなとこに志望してくる奴もまた、どうせ落ち零れか何かなんだろうと

【志穂】
興味無かったんだ。私は、私が在れば、金を節約できるなら、充分だった

【志穂】
学園に、何も期待しちゃいない。詰まらない場所でも、条件が整ってるなら構わない。想定していた以上に周りがヤバい環境なのは流石に焦ったが、結局は今も、これからも変わらない

【志穂】
周りに興味なんて無い。……ただ

【志穂】
お前は、意識せざるを得なかった

【謙一】
……は?
えらくストイックな話聞いてたら突然俺が出てきた。
思わずまた情けない声が出てしまう。

【志穂】
真理学園を志望してくる新規組なんて、ロクな人間も居ない

【謙一】
いや徳川はちゃんとした人間だと思うんだが

【志穂】
けど、お前だけは違う……お前だけは、異常なほどに、目立つ

【志穂】
お前は少なくとも落ち零れじゃない。どうせ特待生Aにも合格してたんだろ。それは真理学園受験といえども相当な強者だ

【志穂】
テストを解く力だけじゃない、B等部でおさめた成績・業績無しに通らない審査だ。ソレを突破してきてる――

【謙一】
お前も突破したんだから相当な強者だよな。極めつけに特変入っちゃってるし

【志穂】
プライベートは語らん、私を分析するな。今はお前の話だ
すげー横暴。

【志穂】
絶対あり得ない進路を、お前は選択した。加速する学歴社会の中で、お前は異端だ

【謙一】
まぁ、本当なら大輪にもキャンパスが在る附属とか受けさせてもらおっかなって、そうじゃなくてもスカウトは可成り来てたし、それこそ生半可な進路希望を抱いてたんだろうな

【謙一】
けど、進学してからの日常でかかる経費諸々もタダになる奨学金制度を紹介されてな。もう、そこしか目には映らなかった
極めつけに、偶然なのかアイツも此処にいると分かって、それならどう考えても俺は此処に来た方が双方好都合だろうと考えたわけで……。

【志穂】
ありえん

【謙一】
お前に云われたくないんだけどなソレは

【志穂】
……だからだろうな

【志穂】
私は少しだけ、ほんの、ほーーーーーーんのっ、少しだけ……

【志穂】
お前に親近感を抱いてるんだ

【謙一】
…………
笑った。
ほんの、ほーーーーーーんの、少しだけ、笑った。初めて見た。コイツが笑ったとこ。
口元は殆どマフラーで隠れていたけど、笑声っていうくらいだから、声から分かる。
……あれ俺、人の笑顔をちゃんと見たの、いつぶりだ?

【志穂】
社会がくだらない、あり得ないと評価する進路動機を貫くお前が、それを自分で低く見るような真似は……

【志穂】
悪いが私は見過ごせない

【謙一】
……………………
……器用なのか不器用なのか、どっちなんだろうな。
人を貶したいのか褒めたいのか、どっちなんだろうな。
自分の納得する途中式通りでないと、気が済まないのか。さっきの俺の呟きはソコに触れたと。
……だとしたら、自分勝手も良い処だ。まさに特変とでも云うべき、コミュニケーションも面倒な人格性。

【志穂】
今朝からお前の顔色は冗談じゃない。しかし構わず佐伯がパイ顔面にかましたが

【謙一】
今日は松茸のお吸い物の香りがした

【志穂】
午前の授業も、大いに混沌だった。お前、いちいちツッコミ入れてさ。超加速のまま脱線するし

【謙一】
そこは悪癖だと自負してる。そして治らないと思う

【志穂】
で、遂にお前はここでぶっ倒れた

【謙一】
別に限界だったわけじゃない。大切な奴に命令されてたんだ、ヤバくなったら休みなさいって

【謙一】
だから知り合いのキザ野郎にオススメの癒やしスポット訊いて、それで此処に転がりに来たってだけ

【志穂】
だけ、で済ませる辺りお前最高にアホだな

【謙一】
さっき学力評価してくれたのに

【志穂】
それとは話が全く別項。自分の死に際も理解できない奴をアホと呼ばずにどーする

【謙一】
いやいや、こんなとこで死ぬわけないだろ
クラスメイトと上手くやれてなくてストレス死とか、くだらない。笑い話にもならない。
何より、亜弥をあの家に独りにする事があり得ない。

【謙一】
今はまだ軌道に乗れてないだけ。そこさえ通過できれば、あとは何とかなるさ。それまでの辛抱だ

【志穂】
お前、あのクラスに軌道なんてものが存在するとか思ってないよな?

【謙一】
……………………
黙らされた。

【志穂】
私も、どうなるのか、どうすればいいのか分からない。果てには、学生としての活動費用も失うかもしれない

【謙一】
確かに。特変破りで負けるようなことがあったりすれば……
どんな展開も、実現しうる。
俺や秋山が此処に来た意味も失いかねないような展開も当然ながら。
それほどのリスクを背負うから、特変は絶対的な権力を持った。そして今、ソレが暴走気味。結果真理学園の大半の人間に特変は恨まれるようになった。邪魔な存在、排除すべき奴らだと。
この暴走状態を、止めなきゃいけない。その為にどうすればいいか……?

【謙一】
何とかクラスをクラスとしてまとめる……
まず、そこから始めなければいけない。
空中分解する前に、この凶器な程にチグハグした一枠を整えなければいけない。

【志穂】
……他の奴らはどうなのか知らねーけど

【志穂】
少なくとも私の節約学園生活は、誠に不本意ながら、お前に懸かってる

【志穂】
お前が特変管理職として、アイツらから一目置かれるようになることが、必要条件だ

【謙一】
……秋山。俺はお前同様に、あんな変態共をひとまとめにできるような器じゃないと思う

【謙一】
それでも――俺に、懸けるってのか

【志穂】
此処でお前とこんな長話した時点で、察せ

【志穂】
私の意思も重要だが、それだけで何とかなる領域をコレは越えてる

【志穂】
お前が何とかしなきゃいけない。だがお前は何とかできるような器じゃないと自己分析する

【志穂】
――じゃあ、最早私がお前と手を組むのは、ここまで利害の衝突が無いんだ、義務だろ

【謙一】
……秋山

【志穂】
分かってるな。今週だ。今週で決まる

【謙一】
ああ……俺たちの財政事情が、学園生活がどうなっていくのかは――
明後日から始まる、「真理合宿」で方向付く。
存続か、滅ぶか。その近い未来が決定される。

【志穂】
ガチ、気張れよおめー

【謙一】
お前こそ、ほんと頼むから日中寝るなよ
予鈴が響く。昼休みの終わり。
間近に存在する山場を前に――
井澤謙一は、夢見心地の芝生から完全に身体を起こした。