
START

【謙一】
ってことがあってさぁ(白目)

【秋都】
井澤くん、目が……(でも白目の謙一くんも嗚呼ステキ!!)
炎上の昼休みから時が経ち、歓迎すべき放課後を迎えた謙一。
その時間には隣に一般学生徳川秋都が並んでいた。因みに今はお外である。

【謙一】
にしても、悪いな徳川。附き合ってもらって

【秋都】
ううん、私も早くこの学園に馴染まなきゃだし……

【謙一】
優等生の思考だな。俺も見習うべきか
でもその前にアイツらだからなぁ……

【秋都】
この学校的に、10人にも満たないクラスは前例が無いんだって。朧荼くんが云ってたんだけれど

【謙一】
朧荼? あのキザ野郎と知り合いなの徳川?

【秋都】
クラスメイトで……知り合いなのは朧荼くん、もう云ってたけど本当に知り合いだったんだ

【謙一】
ちょっと3月に色々あってな……しかしそれでも少数クラスを作ったとなれば、普通は精鋭のクラス設計を想像するな

【秋都】
朧荼くん曰く、確かに集められてる「特変」というクラスの人達は皆極めて優秀な人材だって

【秋都】
でも、8人それぞれに「ぶっ飛んだ」特長があって、ソレがお互いに攻撃し合ってて基本的に険悪なクラスに仕上がってるって

【謙一】
いやもうまさにその通りですね、うん
……ん、いや待て、譜已ちゃんとか普通枠にしか見えないんだけど……。
それに、俺半分忘れてたけど……

【謙一】
特変って、俺を除いても8人なんだよな……

【秋都】
え?

【謙一】
実はまだ、俺クラスメイト1人と顔合わせたことないんよ。新学期になって登校してる姿を見たことない、多分登校してない

【秋都】
ええ……開幕引き籠もり……?

【謙一】
あるいは何処かで遊び呆けてるか……学園長にも名前しか教えてもらってねえし
確か秋山志穂って云ったっけ。多分名前からして女の子だ。
……現時点で腰と胃が死にそうなのに、もう1人ヤバいヤツがいるってんだからテンション低くなるわ。

【謙一】
何とかしないとなぁ……っと、学園大道路、だっけ?

【秋都】
うん。この学園の、中心軸とも云える道路だね
一般棟を出て、一般棟を包む小さな森から抜けたことで、2人は片側2車道の学園大道路に出る。
その真上には……

【謙一】
正直まだ見慣れないなぁ。いや、まだピカピカな新学期なんだから当然かもしれんが

【秋都】
私も。南湘は比較的田舎だから、かな。この建造物は凄く異様に目立つなぁ
大きな道路に浮かぶかのような巨大な球体。
そしてソレに繋げられた、幾つかの通路たち。

【秋都】
空中歩廊棟……学園のシンボルの1つで、巨大な真理学園のキャンパスの移動を効率化するのに貢献してる、森の上の廊下

【秋都】
その廊下たちを接続する役目を担っているのが、球状施設のセントラルホール……まだ行ったことないんだよね

【謙一】
俺も。見たところ、空中歩廊はそれぞれ高さが違うんだな

【秋都】
モーニングコールの混雑緩和を考慮して、というのもあるけど、一般棟やNYホールと、C学棟、それに図書館棟はそれぞれ地位が若干違うのも理由の1つって云ってたかな

【秋都】
……やっぱり全然、他の学校とは世界観が違うなぁ。「森の中に学校が散りばめられている」なんて表現を聞いた時点で分かってたけど

【謙一】
だなぁ
いちいち建物の規模が大きいマンモス校ではあるのだが、それを更に大きな規模で包み込んでいるのが「森林」。
この優海町という町は、緑の豊かさが前提として成り立っているということだ。

【謙一】
しっかし、ほんと立派な林だなぁ。何か珍しい虫でもいるかな

【秋都】
井澤くん昆虫とか好きなんだっけ……?

【謙一】
詳しい方
謙一、軽い気持ちで一般棟の向かい側の大道路を跨いだ先、方角的には児育園や図書館棟があると思われる林に足を踏み入れてみた。秋都も何となく後を追う。
その3分後。

【謙一】
……あっれえぇえええ??

【謙一】
もしかして迷子??

【秋都】
迷子だね……
2人は森の中で迷子になった。

【謙一】
え、いや、おかしくない? 俺一応、それなりに警戒してたよ? 明らかにこの森林深いし光も入りにくそうだから深入りしないよう念じてたし、真っ直ぐ歩いてただけだよ?
なのに後退しても後退しても大道路に出ないって何その冗談。

【秋都】
……森には基本入らないのが賢明、ってクラスメイトの人達云ってたけど、物凄くストイックにその通りだったんだね

【謙一】
真理学園は森もおかしいのか……!?
謙一、足掻いて後退を繰り返す。
すると――

【謙一】
え?
行きの道には当然ありもしなかった軽い崖に躓いてゴロゴロ転がっていった。

【秋都】
え!? けッ、い、井澤くん!?

【謙一】
いたたたたたたた!!!
ゴロゴロ、ゴロゴロ。
転がっていき、そして……

【謙一】
いったぁ!!?
ようやく斜面が終わり、横にローリングしていた身体は落ち着いた。
災難な放課後が確定してしまった謙一は、起き上がる。そして目に入った光景は、勿論行きの道には存在しなかった要素。

【謙一】
……ん?

【謙一】
え? 建物、か?
ウンザリするほどに純粋な自然が拡がっていたというのに、そこにあったのは明らかに人為的な景観。
人が潜ることを想定しているに違いない、大きめのトンネルって感じだった。トンネルといっても普通に角はあるけど。

【マフラー】
……あ? 何だ、助けか?

【謙一】
えっと……取りあえず助けてほしい側の人であるんだが

【マフラー】
んだよ遭難者かよ、使えねえな
そしてそのトンネルの厚い壁にもたれかかっているのは、人間だった。
黒髪長髪の女子。そしてマフラーもこれまた長い。理科の先生が着てそうな白衣も長い。スタイルも何かスラッとしてて平均よりは長身って雰囲気。
しかしそれよりも幾らか泥や葉っぱ、ちっちゃい虫を身体に貼り付けてるところが注目に値した。あと初っ端の発言とかさ。
要するにこの女子は、今の俺と同じポジションってことだろう。

【謙一】
俺もがっかりだよ……

【マフラー】
うっせー文句あっかゴラ蹴るぞ

【謙一】
座りながら蹴ろうとするんじゃない。パンツ見えんぞ

【マフラー】
パンツじゃなくパワードスーツだから何の問題もねえ

【謙一】
ワケ分からんが、取りあえずお互い遭難者ってことでいいんだな?

【秋都】
井澤くん、大丈夫!?
秋都は転がらずに降りてきた。

【マフラー】
そっちの地味眼鏡は?

【謙一】
同じポジション

【マフラー】
使えねえな

【秋都】
え? なんか、ごめんなさい……あと、誰? それと此処は?

【謙一】
どっかの施設、かもな。入った森の方角的に……もしかしたら空中歩廊と関係あるのかも

【マフラー】
希望があるなら私は此処で時間をやり過ごしてねえ

【謙一】
希望が潰えました
希望は潰えたが一応謙一はこのトンネルを歩いてみる。
30秒程度の歩行。
すぐこの場所に希望は無かったと知らせる行き止まりに辿り着いた。

【謙一】
……通路として造られてはいる。つまりこの森と何かを繋いでいるはずなんだが……
ごくわずかに隅っこに隙間があるし、多分シャッターが閉まってる的な意味での行き止まり。ソレを開ける手段が無いかと、周りを見回す。

【謙一】
……変な模様というか、背景カラーというか
辺りの壁たちには妙な曲線が沢山描かれていた。単純な線ではない、模様も数多刻まれているようだが……文字? 兎も角、解読はできない。
なるほど。確かに、希望を持ちたくもなるが、見込めないのも事実だな……。建造物があるなら人の助けも期待できそうなものだが、此処はそういう感じではない。
しかしじゃあどういう感じなのかと云われても、それもまた全然分からない――
謎な場所にため息をついていた、その時。

【???】
MasterCloud::[true]――

【謙一】
え?
その場所は、眩い光に包まれた。
それは一瞬のこと。
反射的に両腕で目を守っていた謙一は、少し時間を経過してから腕をどけて、ゆっくり目を開く。

【謙一】
……?
先と変わらない、行き止まりの壁。

【謙一】
……何だったんだ?
何か、声みたいのが、聞こえた気がしたんだが――

【秋都】
え――井澤、くん!

【マフラー】
ッ……!

【謙一】
え?
刹那の異常に反応し、駆けつけた2人の足音および声に謙一は振り返った。
しかして――

【謙一】
…………え?
停留していた、異常1点にようやく気付いた。

【謙一】
な――何だ、コイツは――
それは、輝きまくった浮遊物体だった。
波に揺られているかのように、ぷかぷかと僅かに上下に揺れながらも、身体は安定して空中に立っているようだった。
そう、身体。それは比較的自然に認識されるに値する、バランスの取れた人の身体の様相であった。ただし一点。
その全体の大きさが両手のひらぐらいだということを除けば。

【秋都】
え? ええ??

【謙一】
…………人、なのか……?

【未確認浮遊物体】
――――

【謙一】
動く、のか……?
林を跳ぶ虫とは、森を響かす動物たちとは、明らかに別枠の物体。
普通に考えろ。人じゃないに決まってる。だがフィギュアにも、とてもじゃないが見えない。
……これは、完全に俺の識る領域外のモノなのだ。そんな普通会うわけのないモノが、今。
何故か俺の手の届く距離に、逃げることもなく浮いていた。
それ以上の思考はなく。そもそも思考なんてマトモにできる状態じゃないと云っていいだろう。
そんな中、謙一は何となく、手を伸ばす。
突然自分の前に出現した、光の物体へと――

【マフラー】
確保おぉおおおおおおおおおお!!!!

【謙一】
!?!?!?
――が、先にその浮遊物体に触れたのは季節違いなマフラー女子だった。
いつの間にやら装備していた虫取り網っぽいモノで容赦無く物体を捕獲していた。

【謙一】
痛ってえ!! ちょ、俺の指半分巻き込まれた!! 金属製の縁に骨砕かれた!!

【マフラー】
ツバ付けときゃ治る。いいか、こういう未知なモンにはな、丁度良い具合に恐れてりゃいいんだよ

【マフラー】
人間はこの世界で最も「道具」を使うのが得意な種だ。だが完全な機能ではない、誰もがずっと未完成だ

【マフラー】
その手のひらから、取りこぼしてみろ。甘い判断で、どんな損害が被ることになるか分かったもんじゃねえぞ

【謙一】
はぁ……?

【マフラー】
……しっかし何だかなぁ、コイツは
女子はまたいつの間にやら用意していた虫カゴっぽいモノに捕獲物をぶち込んだ。因みに格子状でなく中の様子は全く分からない。

【秋都】
ほ、捕獲しちゃって大丈夫なの?

【マフラー】
数日遭難してやった甲斐があったってとこか。さてと、想定外にも調査に値するモノはゲットしたし、保存食も尽きてるし、さっさとこの森から出ねえと……

【謙一】
お前そんな本格的に遭難してたの……?
てことは俺たちも数日覚悟しなきゃいけない系? 洒落にならないんだけど食べ物もないし!

【マフラー】
仕方ねえ、焼くか……

【謙一】
いやいやいやいや待て待て学園長に殺される、俺も巻き添えで殺されるから

【秋都】
何か……とんでもない人と会っちゃったね

【???】
誰か、いるんですか?

【3人】
「「「ッ……!!!」」」
深い森から脱したい3人の誰でもない声がトンネルに響いた。
それは、当然といえるが森の方から。

【譜已】
……え!? け、謙一先輩!? それに秋山先輩まで、どうして……!?

【謙一】
譜已ちゃん!? 譜已ちゃんまで遭難しちゃったのか!?

【譜已】
え? いえ、私は普通に用事があって……というか、つまりやっぱり森に迷い込んで……

【マフラー】
真っ直ぐ歩いて、真っ直ぐ後退しただけなのに迷い込んだ。私は悪くないこの森が悪い

【謙一】
俺らと全く同じ迷子のなり方してんなお前……ん? 譜已ちゃんは迷子じゃないってことか? それつまり、俺ら助かるパタン?

【譜已】
えと、はい……お外に案内、できます
謙一、感謝の土下座を後輩クラスメイトに捧げる。

【譜已】
や、やめてください~……

【マフラー】
かっるい頭だな

【秋都】
頭、泥とかで汚れちゃうよ……(土下座姿もン~どことなくステキッ)

【謙一】
よかったぁああああ帰れるうぅうううお家帰るぅうううう……!!!
もう二度とこんな森入らないんだからなッ!(←自業自得)
こうして災難な放課後は無事終わり、一同学園大道路に出ることができた。

【謙一】
……そういえば譜已ちゃん、訊きたいんだけどさっきのあの通路って何なの?

【譜已】
え? それは……私も、分からないんですけど……多分図書館棟の通路の一部なんじゃないかって

【譜已】
この学園で一番規模が大きいのは図書館だって云ってたので。でも、あんなところに出入口なんか置いても、誰も使わないか……

【謙一】
そもそも行き止まりだったし……いやでも、シャッター降りてたと考えたら本当に図書館なのかもしれないな

【譜已】
……その、井澤先輩。今回はたまたま、私が通りかかったから早めに見つけられたけど、この森は本当に一般の人には危ないので、できるだけ入らないようにしてください……

【譜已】
スマホとか、電波も一切入ってないので使えませんし

【マフラー】
そこだよそこ、ホントそこ改善しろよ。学園長に云っとけ

【譜已】
ん~……一応、云ってはおきますけどあんまり期待は……

【謙一】
……あれ? もしかしなくて譜已ちゃん、この暴力マフラーと知り合い?

【マフラー】
失礼だなゴラ(←足蹴り)

【謙一】
寸分曇り無いこと間違いないこの暴力マフラー野郎と知り合い?

【譜已】
え??
譜已、ぽかんとした。
これは結果的に彼女的には混乱する質問になった。

【譜已】
……もしかして、気付いて、ない……あるいは自己紹介とか……

【マフラー】
ん? どしたよ銘乃ドーター。てかこのハゲと知り合い?

【謙一】
ハゲてねえ

【譜已】
あ、してないんですね……えっと……秋山志穂さん、です

【謙一】
秋山志穂
…………ん?
秋山志穂?

【謙一】
秋山、志穂……アレ、この名前――
ッ!?!?

【謙一】
!?!?!?!?
謙一、大きく女子と距離を取るバックステップ。
それはここ数日で培われたらしい、一種の警戒姿勢だった。

【志穂】
あ?

【謙一】
え……譜已ちゃん、もしかして、もしかしなくても――

【譜已】
はい……最近は全然、出席してなかったけど

【譜已】
私たち、「特変」の1人です

【志穂】
…………ん? 私たち?

【譜已】
こちら、井澤謙一さんで……新しく加入された、クラスメイトさんで……入ってくる、って話は聞いたんですよね?

【志穂】
何もかも初耳な件

【譜已】
…………(混乱)

【謙一】
こ、コイツが……秋山志穂……ッ!!
特変の、最後の1人――俺にこれから迷惑をかけまくるであろう特級問題児の一角!
まさか放課後にエンカウントする羽目になるとは――!!

【秋都】
えええええ……

【志穂】
……いや、そういや私に代わる管理職を探してみる、みたいなことはあのロリエプロン云ってたか……じゃあソレが、お前なのか

【志穂】
…………大丈夫なのかこんな奴が管理職で?

【譜已】
せ、先輩……!

【志穂】
まぁいいや。それじゃ、私は帰る。これでようやく、日常に戻れるわけだ。非日常的な物体の分析は追加されるが

【志穂】
……ま、手並み拝見してやんよ。ハゲ管理職
秋山志穂はマフラーをたなびかせ、颯爽と去って行った。

【秋都】
今まで登校してなかったのは、遭難してたからだったんだね……

【譜已】
その、すみません先輩……えっと、秋山先輩は結構、色々ハッキリした感じの人なので……

【謙一】
クラスメイトの大半は遠慮無い人達だからそこはもう気にしないけど、ハゲてねえよ暴力マフラー
秋山志穂、か……。出会い方は乃乃レベルで最悪だったが、果たして。
アイツは特変において、どんな地獄を俺にお見舞いするのだろうか――