
START
PAST

【???】
うるせえよ、ほっとけよッ!! どいつもこいつもッ、……!!!

【???】
もう、やめてくれ……

【???】
――目障り。目障り

【???】
お、お母さん!?

【???】
ッ!? 何やってんだババア!! それは幾ら何でもやり過ぎだろうが――!!?

【???】
目…障りッ……残骸――ッ!!

【???】
やめろ、やめろホントに――!!

【???】
美甘、美甘――!? しっかり、美甘!!

【囁く男】
――この世に生きるお前の為に、孤独という絶望の錯覚を与えよう

【囁く男】
……お前が、殺した

【囁く男】
その女を……自分の唯一の味方であった筈の、絆であった筈の女を

【囁く男】
その裏切りの故に、殺したのだ
……………………

【囁く男】
そして、今此処に…醜く残ってしまった女の亡骸を、未だ知られぬ森林帯の中に埋めに来た

【囁く男】
証拠隠滅といったところに
……………………

【囁く男】
……どうして、お前が報われないか

【囁く男】
それはお前には見当はついているのか

【囁く男】
そもそもお前から、絶望へと足を突っ込んでいるからに他ならない

【囁く男】
――まぁ、存分に悩むといい。その為の切欠を、特別に俺から与えようじゃないか

【囁く男】
――この世に生きるお前の為に、孤独という絶望の錯覚を与えよう
ウチを救ってくれるものは、内には無かった。外にも無かった。
誰も、ウチを見てくれない。
こんなに辛いのに。こんなに必死なのに。
顔を歪ませ楽しそうなクラスメイト。
気怠そうに教室に入る先生。
こんなに沢山の人が居るのに……誰の目も、ウチを受け入れようとしなかった。
……ズルい。
少しくらい、分けてくれてもいいじゃないか。
同じ年に生まれた、同じ文化を共有する、ウチはお前たちみたいに笑っちゃいけないのか。
先生、聖書の授業で先生は分け与える素晴らしさを説いていた筈だ。
なのに、どうして先生もウチに、何も分けてくれないんだ。

【???】
――そうだ、孤独は絶望などではない

【???】
これが俺の示す……お前に対する救いだ
……そうだ。
ウチは、孤独でなければならない。
だから、闘った。
救いを――求めて――
誰も、近付けないように――
――そして。
ウチは出会った。

【謙一】
フンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッ――!!!
出会ってしまった。
最も出会ってはいけない、相手に――

【謙一】
美甘。お前さ――

【謙一】
揺らいでる、よな?
RETURN

【美甘】
ん――

【美甘】
あ……れ……

【謙一】
ん?
後方から、というか首元から呻き声が聞こえた。
どうやらお目覚めになったらしい。

【謙一】
よ、気が付いたか

【美甘】
…………

【美甘】
…………え?
時間差のリアクション。 きっと今、どういう状況に置かれているのか、一生懸命把握しているのだろう。
焦燥と呼ぶにも地味な焦燥。
パニックになる方法も忘れてる、より根源的なパニック。
そんな状態が、息遣いから分かってくる。
不謹慎ながら、ちょっとだけ面白い。

【美甘】
……――!?
どうやら一段階、把握が進んだらしい。

【美甘】
な、何して……!?

【謙一】
あー、あんま動くなよ。お前多分、足を痛めてると思うから
いや、痛めてるのは確定だが。
倒れてた時、変な方向に足が曲がってたから、取りあえず力業で直してから、持ってた包帯やら木刀やらで関節を固定した。
キャンプ感覚で備えておいて正解だった。いや、できれば応急措置の知識をもう少し深めておくべきだったかな。その辺の心許なさは隣の不機嫌少女にカバーしてもらった。

【志穂】
ま、応急措置だけさせてもらった。ってか何でこんな道具持ってたんだ

【謙一】
真理学園はやんちゃだからな。こういう備えをしておいて損は無いと思って

【志穂】
見事に役に立ったから、文句は云えない

【美甘】
……………………
……だいぶ、把握が進んできたらしい。意味不明という慌ただしさが、消失していく。
そう、俺たちは落下した。
冨士の、ちょい危ない断崖エリアで土砂や岩の崩れに巻き込まれた。その衝撃で、断崖の一部が崩れた。
……その一部に、美甘は立っていた。
だから俺は、美甘を助けようと――何だかんだで志穂を巻き込んで、一緒に落下したのだ。
予測はできたとしても、結果を変えられなきゃただただダサいな……

【美甘】
……して……

【謙一】
ん?
ボソッと。
深い闇の森の中。不気味なほど静かな世界で、その音は響いた。
この場所だからこそ、隣を歩く志穂にギリギリ届いた、それくらいにボソッとした声。

【美甘】
どう……して……

【謙一】
…………
できれば、また声を聞ける時は……
元気な声が良かった。
これは俺の未熟が招いた、その時、だった。
理想とはかけ離れた、細々とした声だった。

【美甘】
どうして……ウチ、なんかを……

【謙一】
…………
どこか、似ていた。
似てないところだらけだとは思うが、それでも何か、根底のところで似てるところがあったのだろう。
懐かしい。
人は言葉で変わる生物だと、思い知らされるその瞬間が、再び訪れたのだと直感した。

【志穂】
…………
いまいち曖昧な疑問文。
言葉とは、適切に使わなければどこまでも誤解していける世界だ。
だから、しっかり言葉にしてもらわなきゃ困る。事実、俺は何度も何度も、困ってきた。
ちゃんと文章を組み立てた筈なのに。
ちゃんと強調もした筈なのに。
伝わらないものなのだ。何が適切なのか、適切とはどういうことなのか、言葉の意義とは……
どこまでも、自己を崩壊させる力に溢れた世界だ。
言葉とは、刃だ。

【謙一】
んー……いや、だってさ
だから――
俺の“機能”は、恐らくきっと恵まれたものだと、思うしかなかった。

【謙一】
手、差し伸べてくれたろ?

【美甘】
え……?

【謙一】
落ちるのが分かった時、俺たちに手を差し伸ばしてくれたじゃないか

【謙一】
だから「それ」を日々望んでいた俺が、ここで応えないでいつ応えるんだよ、って思った

【謙一】
至極単純、それだけだよ

【美甘】
…………

【志穂】
……因みに私は、このハゲに巻き添えにされただけだ

【謙一】
まだ怒ってるのか? 怒ると皺が増え――できるぞ?

【志穂】
云い直すならもっと根本から云い直せやゴラ

【謙一】
蹴るな蹴るな! こっちには怪我人が居るんだからな!!

【志穂】
はぁ……ま、そういうわけだから、特に美甘に対して何か考えた訳ではない。寧ろ……

【志穂】
コレは間に合わない、って思って私は崖で踏み止まった

【志穂】
そういう意味では、私は…美甘を見捨てた……

【謙一】
薄情な女だよなー。マジ見損なったわー

【志穂】
……それは、今回に限っては、否定できねー
……そう、今回に限っては、だ。
次は……次こそは。
いや、そもそも無いのが一番だけど、もしあったなら――
絶対に見捨てるものか。
私は――そういうスペックなのだから。

【志穂】
だから……ごめん、美甘

【美甘】
ッ――

【謙一】
…………
志穂の謝罪が……美甘に、通じている。肌越しに分かる。
ドン引き、に限りなく近い……衝撃。手から伝わる美甘の温度。気のせいか、急激に上昇したように感じた。
一方、森は涼しかった。風が吹いている。何となくお化け屋敷で取り入れたい性質の涼しさだった。

【謙一】
しっかし、これからどうなるかね

【志穂】
スマホもやっぱ繋がんない。山では普通に電波飛んでたが

【謙一】
この森変な磁場流れてるんじゃねえか? 冗談で云われても俺信じるレベルで不気味だぞここ

【志穂】
冨士の梺の森といえば、遭難して帰還する率が登山よりも低いので有名だな

【謙一】
そういや、真理学園の森もこんな感じの雰囲気出してるよな。譜已ちゃん曰く未知領域ってのがあるらしいし、あの時も電波遮断されてたっぽいし

【志穂】
いつでも遭難できるな

【謙一】
嬉しくない特典だ
緊張感の無い駄弁りが続くが、事態は矢張り重い。
山となれば、遭難した時にはまず上を目指すのが定石だろう。
しかしこの森、何故か高度を感じない。
これは俺の身体が故障してるだけだと思いたいが、左右どころか上下の感覚すら怪しくなってくる。
真っ直ぐ進んでいるのか、後退しているのか。
進んでいるのか、止まっているのか。
視覚だけじゃない……ここまで目先真っ暗ってのを体感できる機会は滅多に無いと思う。無いに越したことはないだろう。
……けど。
こういう時、どうしたらいいか――俺なりの解答は、既に持っていた。
歩む意思だけは、歩む言葉だけは忘れないこと。

【謙一】
……怖いか?

【美甘】
ッ……
後ろに背負う美甘に、言葉をかける。
凄いな俺、どうしてこんな穏やかな気分でいられるんだろう。

【謙一】
ま、そんな心配すんなって。何とかなるさ、この井澤謙一がいるんだから
もしかしたら……お前が居るから、だろうか。

【志穂】
……それが?

【謙一】
冷静に突っ込んでくるなよ!

【志穂】
はいはい謙一様がいれば例え火の中水の中草の中森の中土の中雲の中あの子のスカートの中でも一安心――

【志穂】
――まさか美甘のスカート中覗くつもりじゃねーだろーな!

【謙一】
何でそうなるんだよ

【謙一】
ていうかこの状態でどうやって覗けばどさくさ紛れられるんだよ、不穏さ隠せねえよ

【志穂】
安心しろ美甘、お前のスカートの中は私が護る。あ、でもスパッツだからそんな問題無いか

【謙一】
まず公然とお前が覗いてんじゃねえか
コイツも大概平和な頭してるよなー……
けど、何でか志穂がいると……もっと何とかなるよなって気になるんだよな。味方と思えば頼りになる感じだからか?
美甘も居ることだし、尚更この森に、負ける気がしない。

【謙一】
ま、大丈夫大丈夫、こんなの日頃のお前らのビッグフットぶりに比べたらどうってことないわ

【志穂】
へーい失敬野郎そのフットで蹴ってやろうかゴラ(←回し蹴り)

【謙一】
もう蹴ってるじゃねえか! だから怪我人背負ってるからやめろっての!!

【美甘】
……………………

【美甘】
……ウチは

【志穂】
――!

【美甘】
独りが、良いって……ずっと、云ってるのに……

【謙一】
…………
PAST

【亜弥】
お帰り……なさい……

【謙一】
バカ野郎ォ!!!!

【謙一】
何でエアコンを付けない!? 何で扇風機を回さない!? 何で窓を冷蔵庫を開けない何も飲まない!?

【亜弥】
もう…しわけ……

【謙一】
謝るな! 自分のことだろう!?

【謙一】
バカ野郎……バカ野郎……

【亜弥】
……謙…一……様……?

【謙一】
もっと……自分を大事にしてくれよ……

【亜弥】
…………
RETURN

【謙一】
……それは、もしかしたら嘘なんじゃないか?
……特に考えることもなしに。
俺はそんな、爆弾めいた返答を即座にしていた。

【美甘】
――――
ダメだな。やっぱ乱暴過ぎる俺。
ちゃんと、しっかり選んでいかないと。

【謙一】
より厳密に予想すると、お前は確かに孤独でいる方が楽だと感じてるんだろう

【謙一】
その辺りはお前の云う通りなんだろうが……何だろうな……

【謙一】
お前の言葉には100%純度の一途な孤独愛が見られない、って感じか

【志穂】
マジなんだソレ。もっと分かりやすく云えー
ですよね。

【謙一】
ソレができたら俺ももっと理解できてると思うんだけどなぁ……でも、美甘のは多分そんな単純な説明で済ませちゃいけないんだと思う

【謙一】
お前の言葉には、矛盾感が見出せたとしても……ずっしりとした重みが備わってる

【美甘】
…………

【謙一】
お前の心境を解説しようとは絶対に思わない。それはお前を冒涜するに等しいから

【謙一】
あくまで、お前を理解できていない故の予想なんだってことを予め云っておく

【謙一】
ただ、本気で孤独でいたいと思ってるガチな奴……そもそも孤独も共生も関係無い奴ってのは……

【謙一】
何というか、俺が近付いても手遅れなんだなってすぐ分かる
それでも、奇跡が起きたりもしてるんだが……

【謙一】
前に云ったことあるかもだけど、俺はお前みたいな奴を、知ってる気がする。いや、アレはもう規格外だ

【謙一】
言葉が届かないんだ。どれだけ云っても、理解してくれなくてさ
まぁ……アレは理解しようとしなかったのでなく、理解できなかったんだ。
届かない――アレほどの絶望感は、そう簡単に忘れられない、霞みもしない。恐怖だった。

【謙一】
けど――昨日も云ったと思うけど、美甘は俺の話を聴いてくれるんだよ

【謙一】
理解してくれる……受け止めてくれる。考えてくれる

【謙一】
美甘は――俺たちに、手を伸ばしてくれるんだよ

【美甘】
ッ――

【謙一】
死ぬかもしれないって時に手すら伸ばしてくれなかった奴とは違う

【謙一】
だったら俺は、美甘を助けることが手遅れではないんだって、確信できる

【志穂】
……お前ホント自分勝手だな

【謙一】
悪いか? 俺だって特変の一端だぞ

【謙一】
それに、お前に云われたくないんだよそんなこと

【志穂】
は?

【謙一】
美甘が落ちるってのを直感したのは恐らく俺が最初だ

【謙一】
けど、美甘が落ちるって気付いて俺以上の反射神経で即座に動いたのは、他でもなく志穂だ

【謙一】
どうしてお前は、助けようとしたんだよ

【志穂】
…………私、自分勝手だし

【謙一】
よう俺――(←跳び膝蹴り鳩尾に直撃)

【志穂】
何かムカつくから蹴らせろゴラァ……!

【謙一】
いやホントお前ッ言葉と行動の順番逆転しッ過ぎ……(←吐きそう)

【美甘】
……………………

【志穂】
……美甘?
ダメージを負っても背負うことのやめない謙一の背中で、美甘の顔には涙がよく目立っていた。

【志穂】
顔赤いし……泣いてる。大丈夫か?

【美甘】
……え――?

【謙一】
え゙、マジで……俺なんか、ヤバいこと云った……?
ていうか俺も泣きたい。吐きそう泣きたい。

【志穂】
人のライフスタイルにズカズカ土足で荒らしといて今更何云ってんだおめー

【謙一】
んー……俺相当に不器用というか、割と容赦しない性格だからなぁ……
云いたいことは隠さないでほしいから、俺も云いたいことはなるべく口にするように心掛けてきた。ただでさえ優柔不断なとこがあるから、決めるべきものはしっかり決めて。言葉も、迷わないように。
……こうして本気で会話した相手って、2人目なんだろう。
ダメだな、女の子を泣かせる言葉ばかりを吐いてるのかもしれない俺。

【美甘】
ぁ――ぁぁ――

【謙一】
……美甘
ホントだ、水を感じる。
とても熱い感情だ。
山を思うほどに昂った熱が、俺の首筋を、背中を奔る。
PAST

【亜弥】
お願い…します……!

【亜弥】
捨て…ないで……ください……!

【亜弥】
何でも、しますから……もっと、もっと勉学に励みますから……

【亜弥】
たくさん…関心を持ちますから……

【亜弥】
ずっと……収納に入ってますから……だから……だから――

【亜弥】
――私を……捨てないで……
RETURN

【美甘】
どうしたら――

【美甘】
どうし…たら……ッ……ウチは……ッ!!?

【謙一】
……………………

【志穂】
……………………
――眩暈。
思わず立ち眩みしそうになる。
それも、仕方無いと思う……なんせ、俺史上最大の封印したい過去が、突然フラッシュバックしてきたんだから――

【志穂】
……オイ、ハゲ……?

【謙一】
ハゲてねえ。悪い、ちょっとバランス崩した……

【志穂】
…………
落ち着け、井澤謙一。
間違えるな。言葉を間違えるな。
伝えたいことを……適切に、伝えるんだ。
一旦、目を閉じて……呼吸を、落ち着けろ――
その時。
プツリッ。
謙一の耳に、何かが切れる、音がした。

【謙一】
――?
何だ、今の――

【志穂】
……丁度いいんじゃね

【美甘】
ッ……ッ……え……?

【謙一】
志穂……?
美甘の言葉に、先に応えたのは志穂だった。

【志穂】
どうすればいいのか……それを見つけていくのが、真理学園なんだろ

【志穂】
自分の青春は自分で、だっけ? 何か学園長そんなこと云ってたろ

【志穂】
いや……アレは奪われまくる他のクラスへの言葉だったっけ。まーいーや

【謙一】
テキトウだなおい

【志穂】
別に学園長の言葉なんてどーでもいい。それよりも私自身が、そう認識してることの方が重大だ。私の青春は私が決める

【志穂】
私は、私の求める私になる為に、手段として真理学園を選んだ。私には、到達するべき地点がある。その為に……学生の時間を駆ける

【志穂】
時に道に迷うかもしれない。ルート再確認だってするだろうさ。その時は、大人しく迷って、それでしっかり道を見定めるさ

【志穂】
学園なんて、関係無い。立場上、私は学生になったけど、それも必須じゃなかった。だけど効率的に利用できるものなら、何でも利用する。真理学園だって特変だって利用する

【志穂】
そうやって私は、到達しなきゃいけないんだ――私は、スペックを確立するんだ

【謙一】
…………

【志穂】
美甘、特変っていきなりぶち込まれた迷惑な枠ではあるけど、今年特変制度が施行されてから実は滅茶苦茶使える環境だって気付いたんだよ私は

【志穂】
だって、あそこは最高権力持ってるんだぜ? つまり何でもし放題なんだよ

【志穂】
何か失敗したとしても、最高権力なんだ、無問題だ!

【謙一】
恐らく俺の後始末という問題は生じるけどな

【志穂】
何でもできる、何でも試せる。良いこと悪いこと、試したいことを規定上、何でも実現できる場所だ

【志穂】
まさに何でも揃う実験室。私たち特変は、真理学園をそう見していいんだ!

【志穂】
まぁ唯一障害があるとすれば、クラスメイト共とその“釘”だろうが……

【謙一】
はぁ……ま、いいんじゃねえか? そういうのを調整するのが俺なんだし

【謙一】
金貰ってんだ、仕事はするさ

【美甘】
…………

【美甘】
……確……かめる……

【謙一】
……ま、俺の手のかからない程度にしてくれよ

【志穂】
おめー何かコメントねーのかよ。美甘の

【謙一】
ああ……要らないかなって

【謙一】
俺の云いたいこと、お前が全部云ってくれたから

【志穂】
……あっそ

【謙一】
確かめてみようぜ。お前に似合うのは孤独か

【謙一】
それとも、別の生き方か

【美甘】
どう……どうやって……

【謙一】
簡単だよ。何のために俺がこのルールを作ったと思ってんだ

【謙一】
名前呼ぶんだよ。俺たちの、名前を

【美甘】
…………名前

【謙一】
再度自己紹介しておこうか。俺が井澤謙一、このじゃじゃ馬が秋山――(←回し蹴り顔面炸裂)

【志穂】
志穂でーす☆

【謙一】
……ま、聞き上手な美甘には要らなかったと思うけど

【美甘】
……………………
この時。
堀田美甘が、決断する為に考慮されるべき基準は、無くなっていた。
それ故に――
自然の流れで、想いのままに。
堀田美甘は決めるしかなかったのである。

【美甘】
――けん、いち

【謙一】
……ああ

【美甘】
しほ……

【志穂】
うん
堀田美甘が、他者の名前を声にした。 それと同じタイミング――

【謙一】
……!

【志穂】
お――
三人の歩いていた方向から、光が差した。

【謙一】
ほら見ろ、何とかなったろ? 深い森だって、迷ったとしても出られるんだよ

【志穂】
そんな名言を吐こうと頑張る謙一くんには、この後学校に酷く怒られるのであった

【謙一】
事後の方が大変だと!?

【美甘】
あ――
音が鳴った。
「いええぇええええええええええい!!! じゃあぁあああすてぃいいいいいいいす――!!!」とか叫ぶ着信音だった。
すなわち、志穂のスマホが着信していた。

【志穂】
電波が飛んでるのか……

【謙一】
ていうかお前、その着メロのセンス……

【志穂】
もしもしー
通話ボタンを押した。

【沙綾】
― もしもしじゃないわよーーー!!! ―
瞬間、志穂の右鼓膜がテロに遭った。

【志穂】
おめースピーカーモードのノリで叫ぶなよゴラ! 三半規管グラァしたぞゴラ!

【沙綾】
― ほんっとにもーーう!! 何回通話ボタン押させるのよ! ―

【謙一】
やべえ、激おこだ……
そういや沙綾に特変臨時に任せたんだった……
何となく適任だと思ったから咄嗟に指名したが、きっと面倒だったろう……

【志穂】
んなこと云われても電波飛んでなかったんだから仕方ねーだろー。そっちの状況は?

【沙綾】
― 一着ゴールして金ぶんどって下山してきたわよ ―

【沙綾】
― で、このままだと私が延々管理職代行しそうだから仕方無く貴方たち探そうってなったの! ―

【謙一】
ってことは上手くやってくれたみたいだな。そのまま管理職続けてみたら?

【沙綾】
― あ゙? ―

【謙一】
ごめんなさい云ってみただけですごめんなさいほんとごめん
音声通話なのに謙一は美甘を背負ったまま土下座した。

【沙綾】
― で、今どこなの? 美甘ちゃんは? ―

【謙一】
無事だよ。なあ

【美甘】
うん……

【沙綾】
― え、ちょっと待って、今リーダーでも志穂でもない声聞こえてきたんだけど ―

【沙綾】
― まさかの美甘ちゃんの声!? ちょっと、最悪ー普通に女の子の声じゃないー…… ―

【謙一】
いや何が最悪なのか分かんないんだけど、説明求めるんだけど

【乃乃】
― 実は私と沙綾さんで賭け事を少し ―

【乃乃】
― どうして美甘さんが私たちと会話してくれないのか、その原因を私なりに予想してたんです ―

【乃乃】
― それで沙綾さんは、女子らしからぬ野太い声がコンプレックスで話せないのだと ―

【沙綾】
― 噂ってホント役に立たない時は役に立たないわよねー…… ―

【謙一】
オイ

【沙綾】
― 美甘ちゃん、関わりたいオーラは普通に出してたから、不可能ってニュアンスが在るのだとばっかり ―

【志穂】
やっぱこの猫鋭いな

【美甘】
何でそんな噂が……

【乃乃】
― つまりは私の勝利ですね。美甘さん、大丈夫です心配しないでください ―

【乃乃】
― 美甘さんのお尻は私がしっかり洗浄してさしあげますゆえ ―

【謙一】
一体どういう背景予想したのか知らんけど全然違うからな屑野郎ども

【乃乃】
― あれ、違ったのですか……美甘さんは私が譜已さんのお尻に迫るのを必ず阻止していたので…… ―

【乃乃】
― きっとお尻に〇〇〇〇〇〇という行為に偏見、いえトラウマ故の価値観があるのだとばかり ―

【謙一】
お前譜已ちゃんのお尻〇〇〇〇〇〇とかギロチンじゃ生温い罪だぞ、待ってろ今から断罪しに行く

【志穂】
てかお前ら本人の前で好き勝手に賭博すんなし

【志穂】
そもそも何処にいんだお前ら二人。まさか森入ってねーよな? 洒落になんねーぞ

【沙綾】
― 入るわけないでしょーそんな面倒臭いどころか自殺行為。わざわざダイブするリーダーじゃあるまいし ―

【乃乃】
― それに、二人だけじゃありませんよ ―

【謙一】
え?
森を、抜けた。
一気に緑と闇の比率が下がり、まず三人が視界の中心に捉えたのは――

【情】
あ――?

【凪】
あら

【奏】
あーーーー!!!

【譜已】
……!!

【乃乃】
おや、これは探す手間が予想外な規模で省けました

【沙綾】
……はぁ~~~~~~……
沙綾は通話を切った。

【志穂】
これまた、意外な展開だー

【謙一】
お前らどうして全員揃って――

【奏】
このバカパイーーーー!!!(←ダイブ)

【謙一】
ぐえぇええええ……!!?(←鳩尾にトドメ)

【譜已】
良かった、謙一先輩、大丈夫――じゃ、なさそう――?

【凪】
主に今の一撃がヤバかったみたいね
井澤謙一ダウン。
その背中に依存していた美甘も、足を道具で固定された状態なので動けず、何となく謙一を囲んでた一同は自動的に美甘をも囲む形になる。

【奏】
美甘先輩、脚……大丈夫ですか?

【美甘】
ぁ――

【志穂】
…………

【美甘】
…………

【美甘】
う……うん……

【奏】
――!!

【奏】
美甘パイセンが……

【奏】
美甘パイセンが喋ったーーーーーー!!!! いやっふうううぅうううううううう!!!!

【奏】
って何で誰も乗らないの!?!? 独りで燥いでめっちゃ恥ずかしいんだけど!!?

【凪】
恥ずかしいからに決まっているでしょう。どうして貴方同等の恥ずかしい存在に落ちなきゃいけないの

【奏】
おうおう……こうなったら美甘パイセンの声聞けた記念にテメーを血祭りにあげるしかないかなぁ……!

【奏】
その血はシャンパン代わりだ、ひゃっはーーー!!

【志穂】
コイツいつにもましてテンション高いな。どした

【譜已】
賞金で、舞い上がってるんだと……

【情】
……堀田美甘

【美甘】
――!

【情】
てめえ、結局どういうつもりだ

【情】
いきなり口を開きやがって。支離滅裂だ

【美甘】
…………そんなの……

【美甘】
ウチが、一番、分かってる……

【情】
……そうか

【情】
なら、別問題か

【沙綾】
は?

【情】
帰る。寝る
情が歩き出す。 その方角は恐らく宿舎である。

【沙綾】
相変わらず判断基準が真っ直ぐなこと以外意味不明ね情くん

【凪】
貴方に云われたくもないでしょうけど

【沙綾】
でも帰るのは賛成ー。私を働かせた罪はいつか償ってもらうわよーリーダー
沙綾が。凪が。 情に続いて歩き出す。

【謙一】
グッ……また、貸しを作ってしまった……

【譜已】
け、謙一先輩、大丈夫……?

【謙一】
ああ……取りあえず、宿舎までは何とか美甘担いで歩かなきゃな……

【志穂】
おら頑張れ男子ー

【奏】
さーあ帰って後はプレフォウ買うだけだーー!!

【譜已】
あれ……? 奏ちゃん、プレフォウは欲しくないんじゃなかったっけ……?

【乃乃】
今ならば美甘さんのお尻が襲いたい放題ですね……どうしましょう謙一さん

【謙一】
やったら俺の権限で美甘に好きなだけ貴様への報復を許す

【乃乃】
やめておきませう

【美甘】
…………

【乃乃】
……白い花を、見ませんでしたか?

【美甘】
……え――?

【乃乃】
いえ、何でもありません。忘れてください

【乃乃】
……無事で、良かったです。本当に
乃乃も先を歩き始めた。

【奏】
ほらほらー、謙一パイセンも! 早く帰りましょー! バス待たせてるしー!

【謙一】
マジか。運転手さんにも謝らなきゃなー……

【志穂】
後処理係なんだから仕事のうちだろ、我慢しろー

【謙一】
管理職だから。断じてそんな認識は許さん

【志穂】
ケチっぽいなーそういう男子は嫌われるんだぞー。なぁ美甘ー

【美甘】
え? いや、その……

【美甘】
……謙一は……しっかり、してるとは思うけど

【志穂】
え

【奏】
え

【謙一】
いよっしゃあ漸く譜已ちゃん並みに俺を良識的に評価してくれる奴が現れたぞー!!

【謙一】
この溢れ出た「元気」で今「え」とか呟いた奴に体当たりしてやるぅううう!!!!!

【志穂】
てめ、巫山戯んな、ハゲ伝染るだろーがー!!

【奏】
はーげーるーー!!!

【謙一】
HAHAHA俺はハゲてねえけど好きなだけハゲやがれ両眼節穴娘どもおぉおおおお!!!

【譜已】
(両眼節穴娘……)

【奏】
ぎゃあぁあああああパイセンのへんたーーい!!!!!

【謙一】
はっはははははははは!!! 何とでも云えーー!! 但し俺はハゲてねえからなーー!!

【謙一】
今の俺は機嫌が良いんだーー!! はははははは!!!

【志穂】
せめて美甘を降ろしてから燥げよてめー!!

【謙一】
とか云ってるけど、いけるよな美甘?

【謙一】
折角の勢いだ、流されるだけでもいいさ。燥ごうぜ? 一緒に!

【美甘】
…………

【美甘】
謙一が……

【美甘】
謙一が、そう云うなら……

【謙一】
よっしゃ、任しとけ!
出会ったあの時から、俺は確信していたのだから。
お前とは、一緒に燥ぐと楽しいんだろうなって!

【謙一】
折角の学園生活なんだ!

【謙一】
楽しく走って行こうぜ、美甘ーーー!!!
……そして。
いつか、お前ともこうして騒げる日を。
必ず迎えてみせるからな。
亜弥――