
START

【謙一】
――さあ、クラスアクションを始めよう
前置きも無く、ただ一言宣言がなされた。
昼食終わり、テキトウに余った時間を各々消費し、それ以上に消費しそうだった連中は無理矢理引っ張られ、予定通りの小ホールに9人は集まった。

【情】
…………

【凪】
…………

【沙綾】
ふーん……?
ごく自然にスタートを切った口の方に、一同の視線が集まる。 それはただの視線でないことを、何より謙一本人が察していた。

【謙一】
そんなに睨むなよ……自己紹介とか陳腐なことはしねえよ
殺気とは違う、何か生命の危機を思わせるような力。視線っていうのも中々に多様複雑な媒介手段だ。 どいつもこいつも賢すぎる。一体俺のどこまで、見透かされようとしているのか。 まぁ……何も考えてくれない莫迦よりはマシか。意識されてる分、まだ全然やりようはあるのだから。

【奏】
まーぶっちゃけこの面子で自己紹介とか燃えないよねー

【奏】
でもそれだと他に何やるの? 私ぶっちゃけ真面目な話したくないんですけどー

【謙一】
それまたどうしてだ?

【奏】
だって私このクラスでは少しばかり頭悪い方なんでぇ……

【凪】
少し?

【沙綾】
少し?

【謙一】
少し?

【奏】
というわけでイヤでーーーーーーーす!!!

【謙一】
お前の云い分は分かった。その上で予定を云おう

【謙一】
端から組み込まれてた事項として、まず全体講義のリアクション共有を行う

【謙一】
云っとくけど感想じゃないからな

【奏】
うっわやっぱり真面目な話じゃん!!

【謙一】
その後のことは追々話すとして……まず共有だ

【奏】
ちょ、パイセン待って、お慈悲を! いきなり議論とかキツいっす!

【譜已】
…………
譜已ちゃんが静かにヘルプな視線を送ってくる。

【謙一】
んじゃ、俺が勝手に一つテーマを設定しよう。それも、難しいものじゃない

【謙一】
お前ら自身の生活に根ざしたテーマ。これなら割と意見も思いつくだろ

【奏】
おお! たまにはパイセン優しい!

【譜已】
(ほっ……)

【美甘】
…………

【乃乃】
それで、テーマとは?

【謙一】
まぁ単純に俺の好奇心でもあるんだけどな。お前らは、どう真理学園と向き合ってるのかなって

【奏】
向き合う?

【謙一】
真理学園には、過去も現在も、色んな思想が渦巻いてることが分かった。それが少なからず学園を形成していった。俺らはそんな学園に所属しているらしい

【謙一】
自分の置かれた環境ってのはあまり意識に上がらないところもあるけど……此処は例外だろ
何よりも例外的な存在が俺たち自身であるわけだし。

【謙一】
そんな環境で生きてきているお前らの思想が知りたい

【情】
くだらねえな
即座にリアクションを返したのは情であった。

【謙一】
もう思いついたのか。流石、早いな

【情】
考えるまでもねえ。俺は環境に依存しねえ

【奏】
依存しないって、でもここの学生じゃん

【情】
ゆでだこが

【奏】
いきなり悪口ー? いーよー口喧嘩購入は得意だからねー!!

【譜已】
お、落ち着いて奏ちゃん……! 銃持っちゃダメ……!

【凪】
口喧嘩に銃口って貴方不法購入してるわよ

【謙一】
あんま火種蒔くなって。話を戻すと、まぁ衒火はどこに居ようと衒火ってことだ

【謙一】
仮に雲蛇裸毛農林とかいう学校に居たとしても、お前らの知る衒火通りに衒火は過ごしてるんだろうよ

【沙綾】
何処よそこ

【謙一】
俺も知らん。友達候補がそこ行ったってことぐらいしか

【譜已】
…………
友達候補って何だろう……?

【謙一】
そういうわけで、衒火の答えは……

【謙一】
思想的側面において、衒火情という男は真理学園と関係無い。だから俺が問うた、真理学園における自身の立ち位置、みたいのは答えられないってことだ

【謙一】
こんな感じでどう?

【情】
悪くねえ

【情】
……ま、強いて云うなら、特変って制度も悪くねえ

【謙一】
お
俺の解釈にご満悦してくれたからか、問うてもない領域に話を延ばしてくれた。 ……何となく、コイツのやり方ってのが少し見えてきた気がする。

【情】
俺は、下層で在るつもりは断じてねえ。上層に拘るつもりも、ないが……

【情】
貧民でいるくらいなら、俺様は王者の道に在る

【情】
誰にも文句は云わせねえ。いや、云うなら自由……が、ソレを俺に押しつける身分を弁えない芥は――

【情】
強者たる、絶対的な“格”で以て叩き潰す。特変という座は、ソレを体現している

【沙綾】
草食系男子の蔓延する中でよくもまあこういう人種が出てくるわよねー。衒火くんちょっとでいいから、ウチのかーくんにその性格分けてくれない?

【情】
俺に依存するとは、上々に野蛮な真似仕掛けるじゃねえか

【謙一】
肉食系男子って括りじゃ絶対コイツは収まらないと思うんだが……

【謙一】
ってか、ずっと気になってたんだけど、遠嶋。かーくんって何?

【沙綾】
……………………?

【謙一】
……………………

【沙綾】
……………………。
……………………。
……………………。

【沙綾】
……………………。
……………………。
……………………。

【謙一】
……………………
……………………。
……………………。
……………………。

【沙綾】
…………――え!?

【謙一】
俺ってそんなに無知??
何で同世代どころか同年齢かつ同じ地域の若者同士でこんなカルチャーショック経験しなきゃいけないんだ。

【奏】
あーそっかー、パイセンそれも知らなかったんだねー!

【謙一】
二邑牙ですら知ってるとか……譜已ちゃんとか、烏丸も?

【奏】
何か微妙に今の傷付きました

【譜已】
は、はい……

【凪】
まぁ、真理学園では常識問題みたいなもの

【謙一】
衒火も?

【情】
……興味は無えが、耳には入る

【沙綾】
まったく……かーくんのことすら知らない人が私を制そうとしてるだなんてね

【謙一】
そんな一気に不機嫌になられても……

【謙一】
毎度毎度云ってるけど俺、真理学園入門者だからな? 入学するまで、その……かーくん? 聞いたこと無かったからな?

【沙綾】
論外ね。そんな環境ではやっぱり私、生きてられないわ

【沙綾】
井澤くん、敢えて教えてあげるわ。この遠嶋沙綾が、直々に真理学園入門の極意をね

【謙一】
え!? 遠嶋が!?
入門の極意とか、タイトルからして胸がモヤモヤしてくるものを俺に伝授する!? ベタだけど明日雪降るんじゃね!?

【奏】
あー……何か、長くなりそう……

【凪】
これで時間全て消費するかもね

【謙一】
ソレは流石に困るから手短に頼む

【沙綾】
本当に我が儘ね井澤くん。私に匹敵できるんじゃないの
ソレは到底無理だと思います。

【沙綾】
でも私賢いから。そういうの、しっかり受け止めてあげる。感謝なさいな

【沙綾】
でも短縮する代わりに、クッションは置けないわ。だから、驚きすぎないよう心構えなさい

【謙一】
…………(ゴクッ)

【沙綾】
ま、一言で云うならね――

【沙綾】
かーくんを制するもの、真理学園を制するのよ――!!

【謙一】
な……
何だってぇぇぇぇ!!??

【奏】
いやいやいやいやいやいや……

【譜已】
それは……ちょっと……流石に

【乃乃】
ちょっととか云うレベルじゃなく、思いっきり無理がありますねー

【情】
アホか
感動すら覚えるレベルで決まったクラスメイトたちの連携で見事俺のノリとベタの効いたリアクションは一切無駄になった。

【沙綾】
貴方たち少なくとも3年くらいは真理学園に居るのに、そんなことも心得てなかったの? あーダメ……ますます特変が私にとってストレスフルな空間に……

【謙一】
んなこと云う割には、お前一番特変制度上手く利用してると思うんだけど

【沙綾】
前にも云ったでしょー。私、現実は早めに受け止める主義でもあるの。かーくんがクラスメイトじゃない時点で大問題。例えるなら森林の無い優海町

【沙綾】
例えるならNYホールの無い真理学園

【沙綾】
例えるならシャー芯の入ってないシャーペン

【沙綾】
例えるなら――

【謙一】
いやもういい、例えはもういい分かったからっ

【謙一】
……利用できるのは躊躇わないけど、特変、いや真理学園を好ましく思ってるわけじゃない……

【謙一】
その、かーくんとやらが真理学園に居るから遠嶋も真理学園に居る……情同様に、真理学園に依存してるわけじゃない

【沙綾】
かーくんは気に入っているようだけど

【情】
テメエの生き方には反吐が出る

【沙綾】
何とでもどうぞ。知っての通り私は私が良ければ何でもいいの

【沙綾】
場合によっては学園長の娘ちゃんだって殺しちゃうかもね♪

【譜已】
――!? ど、どどんな場合ですか……!?

【奏】
そん時は先に私が遠嶋パイセンぶっ殺しまーす👍

【謙一】
ほんと好き勝手云ってくれるよなお前ら
謙一は錠剤を二錠飲んだ。

【乃乃】
おや、謙一さん、お薬ですか?

【譜已】
風邪……? それとも、持病、ですか?

【謙一】
お、心配してくれるのか。ありがとな、でも心配ない

【謙一】
ただの精神安定剤だから

【譜已】
心配しかないです!?

【謙一】
いやぁホント、朧荼便利だぞ。キザだけど

【謙一】
クスリとかチョコとか、色々用意してくれるんだよ

【謙一】
あっはっは、いやァ少しは気分が軽くナってイいもんだなー

【凪】
……………………

【乃乃】
……………………

【美甘】
……………………

【志穂】
薬って後ろから読んだらリスクなんだぜ

【奏】
ごめんなさいパイセン、ちょっと後輩、燥ぎすぎました……

【沙綾】
流石に目の前でヤク決められるとどうリアクションすべきか悩むわねー
井澤謙一決死の薬剤投入で場の暴走は鎮まった。
その後もあの手この手で、クラスメイトのリアクションを回収していく。

【奏】
あんま考えたことないなー。やっぱり他の学校を知らないというか……真理学園以外考えられないってのが正直なとこ

【奏】
烏丸パイセンは兎も角、譜已ちゃんが居れば私はソレでいいです

【譜已】
…………(照)

【志穂】
仲いーなーお前らほんと

【沙綾】
烏丸さんも仲良いわよねー

【凪】
黙りなさい

【凪】
……私は、静かに過ごせればそれでいい。ずっと貴方にも云ってきたこと。灘さんの思想を否定はしないけれど、疲れるから同調もしたくないわ

【謙一】
烏丸もなかなかぶれないよな

【凪】
ぶれる必要性が無いわ

【譜已】
…………

【謙一】
んーと、譜已ちゃんはどうかな

【譜已】
……え?

【謙一】
譜已ちゃんは真理学園とどう附き合ってるのかなと

【譜已】
あ、はい……その……

【譜已】
申し訳ない気持ちで、過ごしてます……

【謙一】
何か、ごめん……
謝るべきは俺らではない筈なのに……

【譜已】
お母さんは、きっと何か考えがあって、こうしてるから……きっと他の皆よりは、お母さんのこと、分かってる筈だから私は……

【譜已】
肯定的に、捉えたいんです。真理学園が……好きで、いたい

【謙一】
泣いていいかな

【奏】
泣きましょう
二人号泣リターンズ。

【譜已】
ええ……!? ど、どうして泣いてるの……!?
10分後。

【乃乃】
私は……何だかんだで、真理学園で良かったとは思ってますよ

【謙一】
そうなのか?
諦めかけてた希望的回答が来て、寧ろビビる俺。

【乃乃】
学費も大いに免除してくださっていますし、何より……

【乃乃】
私の罰ゲーム脳を強制しようという手が薄いことが、大変好都合です

【謙一】
いや、それは寛容なんじゃなくて匙を投げただけで……
しかし特変制度を計画してたから、佐伯はやりたい放題してても生き残って来れたのかもしれない。今もう既に懐かしい卍泥にコイツが居たなら、停学常連で品格汚れまくりでもっと早く廃校になってたかもしれない。

【乃乃】
奏さんとは別の意味で、私はこの学校以外、考えられませんね

【志穂】
予想はしてたが、どいつもこいつもあんま真理学園関係無えな。銘乃と佐伯ぐらいか

【乃乃】
私の場合、真理学園の思想とは無縁だと思います

【志穂】
じゃあ銘乃だけだ

【譜已】
わ、私もそんな考えてないです……

【奏】
そういう秋山パイセンはどーなの?

【志穂】
あるわけねーだろ、私とハゲは新規組だ

【謙一】
ハゲてねえ

【奏】
あ、それもそっか

【沙綾】
じゃあ何で入学してきたのかだけ云えば? 二人とも学力凄いんだから、ここ入るだけの理由があったんでしょ?

【謙一&志穂】
「「学費」」

【沙綾】
話が終わっちゃった

【謙一】
真理学園愛はこれから育んでいく所存です

【志穂】
同じくー

【奏】
話題振った人たちが一番テキトウな回答してるのはどうなんだろう
んなこと云われてもコレが精一杯の答えだし……。
さて、コレで全員に準備体操させた感じかな。結構良質な情報も獲れたわけだし。

【謙一】
自己紹介に代わる前座は終わりと

【奏】
今までの前座!? 割と時間使ったよパイセン!?

【沙綾】
云っておくけど、今みたいの流れはもうノーサンキューだからねー

【謙一】
んな授業みたいなことしたら衒火に殺されるわ。でもま、皆に言葉を出してもらうのは変わらない

【奏】
また意見か何か?

【謙一】
今度は、特変についてだ

【凪】
……特変についての立場は、最初にもう示した筈よ

【謙一】
分かってる。皆が特変をどう思ってるのか、何となく俺は把握したつもりだ

【謙一】
しかしその様相が如何なものであっても、特変は存続する

【謙一】
俺が、させる

【凪】
…………

【沙綾】
…………

【謙一】
ただ多数人間が同じ場所に居るのを組織とは呼ばない

【謙一】
規律だ