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Stage:大講堂

【翠】
斉唱~♪
講義の始まりは校歌によって彩られた。
真理学園初心者な方々には到底太刀打ちできない時間であった。

【謙一】
何だったんだ今の、アニソンばりの勢いある楽曲は……

【奏】
校歌ー

【謙一】
俺の知ってる校歌というジャンルから逸脱してたんだが

【奏】
んなこと云われても、私たちずっとコレですよ。ね、譜已ちゃん?

【譜已】
う、うん……5年くらいコレかな
譜已ちゃん普通に歌ってたな……

【志穂】
ごがー
因みに志穂は既に充電モードに入っていた。

【謙一】
早っ!

【翠】
じゃあ早速、私直々に真理学園の歴史の講義に洒落込んであげるわ~♪

【翠】
眠くなったら啓史さんにバトンタッチするから安心してね~

【啓史】
今年こそ最後までやり遂げてくださいよ~
大講堂前方の端っこには既に敷き布団が準備されていた。

【謙一】
え、何アレ? 何であんな処に敷き布団? 無駄に可愛い水玉模様だけど

【奏】
翠さんが眠くなったら、彼処で寝るんだ

【謙一】
……え?

【譜已】
えっと、本当、です……お母さん、真面目な話続かないから……

【謙一】
いや、それは教師というか社会人としてどうなんだ……?

【翠】
すやぁ~……

【啓史】
はーいダウン、記録6分19秒。最短記録おめでとうございまー
前説の段階で学園長はグッナイした。 既に殆どの学生は3度は経験済みの光景なので、特に驚きもしていなかった。 教師陣も同様で、極めてナチュラルに講師が交代されていた。

【啓史】
んじゃ、丁度良い節だし本番に入りますか。まずは学園前史からー

【謙一】
ていうかあのおっさんは?

【譜已】
住吉啓史さん、です。お母さんの付き人みたいな先生で……

【奏】
学園長補佐ってポストだったっけ。社長秘書みたいなもんじゃないかなー

【謙一】
へぇ……
あの傍若無人の噂が毎日なだれ込んでくる学園長を、ずっと隣でサポートしてる人なんて居たんだな。あの人心労とか大丈夫なのかな。
っと、他人の心配してる暇は無いわな…… 一応、秋山の分まで話を聴いておかないと――

【啓史】
前もって教室に配布しておいた冊子があると思う。どうせもう忘れた、とか、紛失した、とかそういう奴も居るんだろうから今回は使わない。けど、この講義で取り扱う内容はその冊子――『真理学園史』にほぼほぼ書かれてることでもある。興味あるとか云う奴は居ないと思うが、まぁ気になったならそれを開いてくれればと思う。但し、アレは非売品だからって転売とかすんなよー絶対

【啓史】
さて毎年この真理合宿には何かしらのテーマが定められてるわけだが、今回君たちには、あらためて真理学園を知ってもらおう、というテーマで過ごしてもらおうと思ってる。とはいえ君らの大半は去年とかほぼ同じテーマを扱ってたわけだから、経験者。だからまあ、もっと詳しく、難しい話を取り扱おうってことになる。冊子はもっと遊びの無い文章が綴られてばっかりだから少しは噛み砕いて、大事なところをマークアップするようにしてるけど、銘乃学園長が新記録を叩き出して寝落ちするレベルの退屈は覚悟してくれよー

【謙一】
ほんと新規組には容赦無いカリキュラムになってんな

【謙一】
二邑牙……あ、やっぱり何でもない

【謙一】
譜已ちゃん、何かところどころで訊くかもしれない

【譜已】
あ、はい、私で答えられることなら……

【奏】
オイ待てパイセン、何でいま私キャンセルされた

【啓史】
冊子にはタイトル通り、真理学園の歴史についての情報が網羅されてる。他にも歴史上存在感を放つ講話だったり教師や生徒の証言だったり、トピックは用意してるんだけども、そういうのは他の学年で取り扱ってるからな。やっぱり今日は年表だ

【啓史】
んで、その年表は見出しに従うと、4部構成になってる。今日はそのうち、3部までを取り扱うこととする。3部の詳細と、最後の4部は恐らく明日、今度こそ学園長が話してくれることだろう。

【啓史】
前を見れば分かることだけども、こうやって俺が長々と口頭で説明してるだけじゃなくて、写真とか動画とか、ビジュアルボードを使って視聴覚的にも有意義な時間にできればと思う。後に控えてるクラスアクションの時にこの時間の感想とか共有するだろうけど、その時のネタ作りにでもしてくれ

【啓史】
それじゃ、まず前史から始めるぞー

【謙一】
前史?

【譜已】
真理学園って、一番最初は病院だったんです

【譜已】
自然もいっぱいあったので、健康的に過ごせる林間学校として

【謙一】
まあ確かに、空気は美味いんだよなここ。潮風も気持ちいいし

【譜已】
今はもう林間学校自体は無いですけど……

【奏】
優海自体が療養施設そのものって感じかなー

【謙一】
凄くいいなそれ

【啓史】
戦争が激化する中で、そんな療養空間も維持するのが困難になった。そこでトップに居た読村殿や真田殿は、林間学校及び附属児育園を、封鎖する決断をした。だからって患者たちを見捨てることはせず、皆で生き残る工夫をしたんだ。地下礼拝堂とか呼ばれる真理学園の中で一番古いとされる建物もその役を買ったらしい。

【謙一】
何で何か曖昧な表現?

【譜已】
地下礼拝堂、なんて見たことないので……

【奏】
それどころか跡地が何処なのかも知らないし

【謙一】
……何かよく分からんな

【啓史】
WWが終戦してから、その熾烈化の原因の一つに、民の思想力不足が挙げられた。それを招いたのは偏に権力組織の思想統一政策なわけだが、兎に角そこが猛省されてな。悪いものは悪いんだとしっかり考え抜くことのできる柔軟な心理を養ってもらおうと、教育において思想の自由の価値が急上昇した。それを象徴するのが、宗教性禁止令の解除。M教は戦時中大輪の殆どの地域で弾圧されてたが、それも止めて教育も許してやろうってね。

【啓史】
宗教教育学校にとって教育方針のオリジナリティってのは捨てがたいものだ。抑も私立学校は公立のと違って、行政の教育方針に従順になる必要度が圧倒的に低い。だからこそそのオリジナリティはアイデンティティと呼び換えても問題無いものでなければならない

【啓史】
宗教教育学校の最大目的は、一概に云っていいのか分かんないけども、まぁ布教だろう。M教でいえば、どう洗礼へと導くか、そもそも洗礼を大事にするのか、ってプロセスが二分するけども、やっぱり最終的にはメシニストであってほしいわけよ

【啓史】
あ、因みに真理学園は後者、すなわち洗礼を目的にはあんまり据えてない派だから、そんなに心配しないでいい。これは銘乃学園長とか関係なしに、そもそもの学園“魂”たる灘先生が決めた方針。大事なのは宗教的滋養……M教的にも理想といえる人格を形成することこそがまず徹底すべき教育目的だとした

【啓史】
だから君らは、君らなりの青春を送って、大人になってくれればいい。こういう、教師側の事情を教師自らが話すのはあんまり良いことじゃないね、忘れて。

【謙一】
話した直後にソレはねえだろ……

【奏】
あのおじさんも割とテキトウな性格してるからねー

【奏】
珍しく良いこと云ってるとは思うけど、よく分かんなかった☆

【謙一】
まぁ、それはそれで良いんじゃね……? 簡単に忘れられそうだし
ただ、その君らなりの青春とやらが、今主に翠学園長と俺らでぶっ潰されそうな状況が続いてるんですけどね。
俺らって本当学園の教育方針的にどうなんだろう。セーフではないよね。

【啓史】
……見ての通り、今の君らが所属するようなA等部ってのが出てきたのは一番遅かった。何より義務教育とこの大陸で制度付けられてる期間を整えることが優先されたが、制度上、矢張りA等部クラスまでは学業のもと育つ環境というのが必須事項だったわけだ

【啓史】
ただまぁ、何とか整えたとしても、まだまだ問題は山積みだった。バカ正直過ぎる教育方針を押っ広げたこの学園は、少なくとも大輪の人々には良い印象を持たれなかった。それもあってか学生数は伸び悩むし、内訳として療養の事情で来た学生が殆ど……

【啓史】
これじゃあ林間学校時代と変わらない、それじゃいけない、等しく子どもたちの人格をM教真理に基づき形成せねばならない。だから、虚弱児童でないにしても様々な事情で学校にも通えない、抑も衣食住の環境すら整っていない子どもを住まわせる、これまた大胆な制度を作り上げたわけだ。ぶっちゃけこん中の過半数は、そういう奴なんだろうな。

【謙一】
えっと……?

【譜已】
寮制度です……

【謙一】
寮――あ
そういや学園長からちょっと聞いたかもしれない項目だ――
この学園は、結果としてほぼ全寮制みたいなことになってる在学生構成。その寮制度が何だかユニークそうな雰囲気を帯びているよう聞こえていた……いや、内容からしてそれは間違いないのだろう。

【謙一】
結局まだ俺、寮制度のこと理解してないな

【奏】
井澤パイセンは新規な上に自宅組だからねー。まぁ仕方無いかなと。私だってそうだし

【謙一】
お前も自宅組なのか?

【奏】
んー……まあ、実質そんなとこ? 譜已ちゃんも自宅組だもんね

【謙一】
そりゃ学園長の娘だからな……あれ、でももし寮暮らしできるんだったら割と良いんじゃね?

【譜已】
え……?

【謙一】
勝手な想像なんだけど、譜已ちゃんが銘乃家の傍若無人から解放されるという意味ではさ
譜已ちゃんが苦労人なのはショッピングの件でよくよく理解している。 俺としてはもっと譜已ちゃんには楽に生きてほしいのだ。 ……だけど、譜已ちゃんはあまり良い顔をしなかった。

【譜已】
すいません、先輩……でも、今の生活で、良いと思うんです

【譜已】
何だかんだいっても……私も、その……

【譜已】
お母さんのこと、心配なので……

【謙一】
全俺が泣いた

【奏】
全奏が泣いた
講義中に談笑どころか号泣しだす2名。

【沙綾】
え……なに? どうしたの貴方たち
真後ろで机に突っ伏しながら隠す様子もなくネットサーフィンしてた沙綾が取りあえずドン引きする。

【啓史】
……んで、MSBに加盟したことで、今の体制の真理学園になったわけだ。私立だと大体こんぐらい波を乗り切ってきてるんだろうな。特に戦時体制を経験してると……さっきも話に出たけど、宗教教育学校は教育方針を大事にする。だが、戦時下にそんな思想の自由を許すわけにはいかなかった行政は、特にこういうところを弾圧した。地域によっては教育方針に反する「軍事教育」なんて戦争促進な別宗教を強制するとこもあった。それに対して、学園が生き残り未来にこそ教育を展開する為に屈したり、たとえここで滅びるとしても宗教学校としての道を穢さなかったり、まぁ学校によって決断は様々よ。優海町――南湘地区はそこまで戦争に熱中してなかったし、虚弱体質な若者も多かったからか、後者を選んだにもかかわらず真理学園は生き残った。それでも地下礼拝堂を作るほど優海町は戦火に巻き込まれたし、自然を何よりも大切にしていたこの街から大半の自然が焼き消えたのはあまりにも致命的だった。戦後は、灘殿や読村殿が構築したモデル通りの教育機関へと真理学園を形成することと、自然豊かな優海町を復興することは、もう殆ど同義だったらしい。二大創立者に加えて、学園及び優海町の医療を統括する真田殿、学園内外の具体的なディレクションを多数同時に務めてきた二宮殿、この4人を中心にして学園創立期は作られていったんだ。

【啓史】
真田殿はM教業界、二宮殿はMSB内において非常に高い評価を得ている偉人なわけだが……こういうのは比較しちゃいけないんだけども、やっぱり創立者二人は実績の量からしても偉大なんだな。それは真田殿と二宮殿も、「灘と読村が居なければ何も始まらなかった」と証言するように、学園創立は精神においても政策においても、間違いなくこの二人が中心だった。だからこの二人には記念碑が用意されなきゃいけなかったんだ。

【啓史】
灘殿が云ったように「ただ形だけではないもの」で、しかし確かに「形」であるもの……それが君らが毎朝利用してる、7号館――NYホールだ

【謙一】
やっべえな……あの冊子凄い欲しい……何で非売品なんだよ……

【奏】
え? パイセンも一昨日配られたっしょ? 私4冊目ぐらいだよ?

【謙一】
失くしたんだ……

【奏】
はっや!!
自称・失くし屋の俺はその気になれば3分後には物を失くせる。その気になってないのに1分後に手元から無くなってる。
大事なものも平気で失くすからなぁ……ぶっちゃけ慣れたといえば慣れたが。

【奏】
しゃあないですねー……この合宿終わったらコレ、譲りますよー。ホールケーキで

【謙一】
有難いけど、4冊も持ってるんだったらタダで恵んでくれよ

【奏】
この世は等価交換が原則だよぱいせ~ん……!(ニヤリ)

【謙一】
灘先生に謝ってくらいに清々しく利己的だなお前

【沙綾】
今時ボロ雑巾精神なんて魅力じゃないわよ、見た目なのよ大事なのは
ヤバい、真後ろにもっと利己の塊がいた。

【沙綾】
要は、お・も・て・な・し☆ ってことでしょ? 相手に謙るだけ謙ってね。それで利益を得ようって精神ばかりが身につくんじゃないかしら、灘思想は

【沙綾】
確かに素敵、鳥肌が立つくらいに素敵な理念だけれど、ボロ雑巾は最後には捨てられるのよ。捨てられない為には更に身を削って、使用者が気に入り使い続けるように……

【沙綾】
実のところ、救いようのないネガティブなビジネス指向なのよ。誰も、自分すらも救えない、ね

【謙一】
ボロクソ云うなホントに……
需要があるから供給者になれるのだし、供給者として自らを保つ為には需要を向けられていなければならない。だからおもてなし指向はビジネスの基本だし、お客様の価値を自分よりも上と見なし、自分をお客様が仕様する最上の道具と見立て、常に最上の品質で動き続ける。これは常識だ。
……遠嶋の云うことは、賛成もできるし反対もできるかな。

【沙綾】
それを考えれば、雷晃様は灘刻丸よりも遙かに素敵ね

【謙一】
……雷晃様?

【啓史】
灘殿らが築き上げた基礎を軸として、真理学園は復興から発展へと意識をシフトさせた。それが学園進化期……だけど前半はあんまり芳しくなかった。灘殿と読村殿、それに真田殿が亡くなって、これまで通り根性で乗り切っていくのは、二宮殿だけでは不可能だった。勿論多くの教師が集い頑張ってくれたわけだが、矢張り「器」というのが試されるんだろう。二宮殿は真理学園を引っ張っていくに値する、いつまでも子どものように純粋な方だった。が、器が1つだけだったのと4つあったのとでは決定的に効率が違った。その急激な変化に、絶滅することなく適応するのに前半期は殆ど消費した感じかな

【沙綾】
けど、灘刻丸たちを遙かに凌ぐ、とんでもない器がいきなり登場したのよねー

【奏】
この人の所為で真理学園ってもっと嫌われる様になったみたいだねー……

【謙一】
それが、後半期ってことか

【啓史】
ってなところで、何とタイムアップになってしまった。見た感じ4割は起きてるねー、よく頑張った方だ。最後のまとめとしては、真理学園は今すっごいねじ曲がった状況にあるけども、しっかり学園精神とでも云うべきか、灘殿の建学の想いは生きている――それが学園側の考えだってことはこの場所でも掲示する。

【奏&沙綾】
「「うっそーぅ(*^o^*)」」

【謙一】
祟り殺されればいいと思うんだ

【譜已】
そ、そんなこと云っちゃダメです先輩……

【啓史】
ってことで、さあさ、お昼ご飯だ、席替えとか無いし荷物そのまま置いててもいいよ

【啓史】
お残しは許さないおばちゃんは健在だから、しっかり食べるように。解散! あ、あと――

【啓史】
特変の井澤くんは先生のところに来るように

【謙一】
おい!! 何か呼び出し喰らったんだけど!!

【奏】
喋りすぎたかもしれないねー

【譜已】
す、すみません先輩……

【沙綾】
行ってらっしゃーい♪(*^o^*)

【謙一】
ド畜生……ド畜生……
一日目鬼門の全体講義の時間が終わり、退屈な空間は一斉に弾け飛んだ。
しかし井澤謙一にとっては無論、こっからが本番であった。